養老孟司「思い通りにならない時に人は試される」 自分のモノサシを固定化した瞬間、人は不寛容に

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養老孟司氏
(撮影:今井 康一)

虫とつき合ってしばらくすると、今度は人の顔も見たくなってくる。1週間虫を眺めていたら、さすがに人が恋しくなってきました。返事がくるのがありがたい。そのくらいのバランスでいいんです。

逆に人疲れしている人は、人間でないものを相手にすればいい。生身の人間を相手にするから疑心暗鬼になる。知り合いが田んぼや畑を持っていたら、行って働かせてもらえばいい。鳥の声でも聞きながら、黙々と手を動かして土でもいじっていれば、何かを感じます。「気持ちいいなあ」と思うだけでいいんです。

私はよくラオスに虫を採りに行きました。そうするとたまに、虫になっています。特に意識してそうなろうと考えているわけじゃなく、何週間も虫を見ているといつのまにかそうなる。虫になって、虫の立場でものを考えたりする。すると、人間の言葉で話したり考えるのが面倒くさくなります。

思い通りにならないことを知る

対人の世界でも対物の世界でも、多様な場所に身を置けば、何事も自分の思い通りにならないことがわかります。世の中には思い通りにならないことがあることを知る。それが寛容の始まりです。

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自分も変わっているし、相手も変わっている。変だと思ったら、それは自分が変なのか、相手が変なのか、どちらかです。だけどいまの人たちは「相手が変だ」というほうが多い気がします。自分は変わらないと思っているからです。

それを「不寛容」と言います。「何かおかしい。変なのは俺じゃない、こいつだ」となって、相手を排除しようとする。不寛容の極みです。もしかしたら、変なのは自分かもしれない。それを忘れて、自分のモノサシを固定化した瞬間、人は不寛容になります。

寛容になるためには、思い通りにいかないことを受け入れたうえで、少しずつ状況を変えていくしかありません。それには自分だって変わらなきゃいけない。そうやって人間は「努力・辛抱・根性」の方法を学んでいくのです。

思い通りにならない人や物を前にしたとき、人間の本当の意味での体力や感覚の強さが試されるのです。

養老 孟司 解剖学者

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ようろう たけし / Takeshi Youro

1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。東京大学名誉教授。『からだの見方』(筑摩書房、1988年)『唯脳論』(青土社、1989年)など著書多数。最新刊は『ものがわかるということ』(祥伝社、2023年)

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