北朝鮮の核に対抗して韓国が核武装する可能性も 北朝鮮専門家アンドレイ・ランコフ教授インタビュー

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さらには、北朝鮮は近く、アメリカ大陸を攻撃できるICBMを配備することはほぼ確実でしょう。これらを踏まえれば、もし第2次朝鮮戦争が勃発した場合、アメリカが韓国を防衛するための行動に出れば、北朝鮮はサンフランシスコやロサンゼルス、あるいはニューヨークを攻撃しようとするでしょう。となれば、韓国としては、アメリカはいざというときに韓国を防衛しないのではないかとの疑いが出てきてしまいます。

次に、北朝鮮の「戦術核開発」も影響を与えています。これを近い将来に開発しそうな北朝鮮という存在が、これまで「韓国軍は朝鮮人民軍より軍事的に優位にある」という韓国国民が当然のように考えていたことが覆ることになります。

アメリカも韓国に対しては「拡大抑止」ということを言いますが、これは口先だけです。とはいえ、韓国は自主的な核開発が実際に可能なのか。核開発をしようとすれば、韓国はアメリカなど国際社会から強い圧力を受け、とくに中国との関係がほぼ遮断されるでしょう。こういった圧力から韓国がどこまで耐えることができるかは疑わしい。しかし、核開発する可能性は確かに残ります。

ーーアメリカは、韓国の核開発への動きをどうみていますか。

意外にも、アメリカは韓国の動きに対して否定的ではありません。もちろん、アメリカは基本的に核開発には「ノー」です。同時に現段階で、あるいは近いうちに韓国が核兵器を開発し始めたら、アメリカはある程度受け入れるのではとの印象も受けました。

「韓国の核開発危機が生じても、米韓同盟は崩壊しない可能性がある」とさえ考えている人もいます。もちろん、これはアメリカが韓国の核開発を促進、激励するという意味ではけっしてありません。アメリカは反対するでしょうが、その反対の度合いはそれほど強いものではない、ということです。

アメリカの不安は韓国の政策一貫性

ーー日本は韓国に対して強く反発しそうです。

私は韓国が核武装したことで日本がどうなるか、はっきりとわかりません。韓国が核開発すれば、日本も確実にそうするだろうと多くの人が信じています。ただ、私はそうではないだろうとも考えています。

それは、まず第1に日本国民は韓国国民の大多数と違って、自国の核開発を支持しません。第2に、「日本を征服し、日本を合併したい」との夢を見たり、「日本を属国にしよう」としたりする隣国の独裁国家がありません。もちろん、日中関係は厳しいですが、中国は日本を併合し「日本省」をつくるつもりはない。

それゆえ、日本政府が核開発をしようとしても国民の支持を得ることは難しく、また日本のエリート層も核開発の必要性を韓国ほど感じていないでしょう。

韓国の核武装が日本の核武装を誘発するかどうかはよくわかりません。しかし、そうなるとアジアの多くの国で核開発を誘発する可能性は十分にあります。例えばベトナムや台湾、ミャンマーは韓国をまねて独自の核武装への道を進むようになるかもしれません。これらの国は日本よりはるかにナショナリズムが強く、信頼できる超大国との同盟関係もなく、外部からの脅威が深刻な状況にあります。同時に、核開発を始める技術も資金もあります。

ーーアメリカは今の日韓関係をどうみているのでしょうか。2022年5月に韓国では政権交代し、それまで最悪とまで言われた日韓関係が徐々に改善しつつあります。

アンドレイ・ランコフ/1963年、旧ソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード国立大学を卒業後、同大学の博士課程を修了。金日成総合大学に留学した経験もある。母校やオーストラリア国立大学などで教鞭をとった後、現職。著書に、『平壌の我慢強い庶民たち』『スターリンから金日成へ』『民衆の北朝鮮』『北朝鮮の核心』など邦訳も多数(写真:ランコフ氏提供)

アメリカでは、韓国の尹錫悦政権は日本との関係改善に努力しているが、そういった政策の一貫性がどこまで続くかという点を心配しています。現在の保守政権から再び革新、左派政権に変われば日本への態度が変わり、保守政権での日韓の約束が引き継がれるかどうか。この点をアメリカはとても懸念しています。

これは尹政権への不安というよりは、韓国の政治文化・政治構造に対するアメリカ側の不満というほうが正確のようです。他国では政権交代しても外交・安全保障政策が変動する幅は大きくないのが普通です。しかし、韓国では違う。180度、政策が変わることもしばしばです。とくに尹大統領への支持率が非常に低水準で推移しており、また政権交代があれば日本やアメリカとの約束がどこまで守られるかを懸念しています。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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