デニッシュ「実は広島生まれ」、意外な歴史の真実 欧州に学んだ男が立ち上げたアンデルセンの神髄

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「アンデルセン」のデニッシュ
デニッシュが日本に登場して60年。「アンデルセン」ではトングでトレーに取る人が後を絶たない(筆者撮影)
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フルーツやクリームをのせて焼いたサクサク食感の「デニッシュ」。朝食やおやつにぴったりのバターリッチな風味は、多くの日本人に愛されている。全国のベーカリーや、ホテルの朝食などでもお馴染みの「デニッシュ」が、2022年の今年、日本に登場して60年となった。

もしかしたら「デニッシュ、だけにデンマーク名物?」と考えていた人もいるかもしれない。しかし、実はルーツは広島にある。デンマークで「デニッシュ」と言っても通じないのは、ナポリタンがナポリで通じないことに、少し似ている。

デニッシュを日本で初めて作ったのは、広島生まれのパン屋だった。この店はのちに日本を代表するベーカリー「アンデルセングループ」を展開することになる。

戦後の広島で生まれたパン屋

物語は、戦後まもない1948年8月1日、広島市比治山本町で、高木俊介さんが彬子夫人と始めた「タカキのパン」に始まる。

戦後の広島。人々は食糧難にあえいでいた。高木さんは、戦時中、抑留されていたシンガポールで食べたイギリスパンの味が忘れられず、配給された小麦粉でパンを焼いて生計を立てようと考えた。「これからはパンの時代がくる」。そう信じて夫婦とパン職人とお手伝いの女性、たった4人でスタート。当時の小麦粉には不純物が混じり、焼けば黒いパンができたという。

アンデルセンが広島市比治山本町で創業した頃の「タカキのパン」
広島市比治山本町で創業した頃の「タカキのパン」。左が高木俊介さん(画像:アンデルセングループ)

あんパンのような菓子パンしか見当たらなかったその頃、高木さんが目指したのは、食事用のおいしいパンだった。白いパンを作るために、寝る間を惜しんで黒い粉をふるう日々。タカキの白いパンは評判を呼び、遠方からも人が訪れるようになった。古新聞をやめ、パンをきれいな白い包装紙で包んだのも斬新だった。

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