そもそも関氏が永守氏と衝突するようになったきっかけもここにある。
昨年7月、業績に不満を持った永守氏が役員らの報酬カットを言い出したことがある。これに関氏は日本電産が目標とする「売上高10兆円」を達成するためにも、過度なプレッシャーをかけることはよくないとたしなめ、さらに「もともと会社が設定した業績目標が高すぎる」と反論したのだという。
永守会長は「元日の午前以外は休まない」と公言していたように、日本電産は創業以来、猛烈なハードワークによって苛烈なノルマを達成してきた会社だ。日産で北米や中国での事業を担当するなど海外経験も豊富な関氏は、事あるごとに「気概と執念」を強調する日本電産の経営手法はグローバル・スタンダードに合わないと見なして改革を進めようとした。ところが、永守氏はこれを自らの永守イズムの否定と受け止めた。虎の尾を踏んだ関氏を、永守氏は徹底的に追い詰めるようになる。
早朝出社を拒んだ関氏に激怒
まず、関氏の出社時間が問題となった。日本電産では役員らは朝7時には出社するよう求められている。役員たるもの社員より早く出社せよ、が永守氏の理念だからだ。しかも、役員らは朝8時半からは社員と同様に職場の清掃をしなくてはならない。
だが、関氏は8時半近くになって出社することが多く、永守氏はこれを難詰した。「これでも日産時代よりは早いくらいです」。そう反論する関氏に永守氏が激怒。他の役員の出社時間まで調査する騒動となったという。
「出社時間問題」は、2人の間に大きな溝を生むきっかけとなった。永守氏は、9月2日の関氏辞任を決めた取締役会後の記者会見で、関氏の下で日本電産の企業文化が崩壊しかねなかったと主張したが、その事例として「新しい社長が来て朝の出勤時間から何から、ガチャガチャになってしまった」と発言しているほどだ。
関氏の好きにさせていては、長年にわたって培ってきた永守イズムが崩壊しかねない。そう危機感を募らせた永守氏は、昨年秋に関氏が担当していた車載事業本部の拠点である滋賀技術開発センターに乗り込み、関氏を猛然と批判。さらにその内容を文章にして社員全員に配布する挙に出た。永守イズムの再徹底を図るため、さらに、その経営理念をまとめた冊子『挑戦への道』の輪読会まで社内の各部署で開催させる。
永守氏の反発のすさまじさはともかくとして、異常に高い目標設定と行き過ぎたプレッシャーを関氏が問題視したのは、それが不正の温床になりかねないと懸念したからだ。
日本電産では幹部会や取締役会に報告されている月ごとの業績報告と実態との間に乖離があるとの証言もある。例えば、四半期のうち初めの2カ月はあたかも目標を達成したかのように見せかけ、3カ月目で急に業績が悪化したことにして実際の業績数値と帳尻を合わせるような行為が横行しているという。永守氏からの叱責を少しでも減らすためだ。報告値と実態とは二重に管理され、その乖離のことを社内で「借金」との隠語を使って呼んでいる。
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