問題はここからだ。
関係者によると、日本電産では自社株買いについて、月ごとに信託設定を行い、月ごとの数量、価格、指し値を指示しているという。自社株買いの信託は、原則として信託銀行に裁量を一任する。途中で信託設定を変更する場合には、それがインサイダー取引とならないよう、経営における重要情報を把握する部署と、証券会社に指示を出す財務担当者の間でファイアウォール(情報隔壁)を設けて情報遮断することになっている(金融庁、平成20年11月18日Q&A)。これは自社株買いの大前提となるルールである。
ところが、である。日本電産では、経営情報のすべてを握る永守氏自身が、毎月のように上記の数量、金額、指し値など、自社株買いの条件を事細かに指示していたというのだ。事実上、日本電産の全権を握る永守氏には刻一刻とあらゆる情報が上がり、経営上の重要事項を決定している当の本人でもある。毎月のように信託設定の指示を出せば、インサイダー取引の疑惑が払拭できないことになる。
さらに関係者によれば、かつては四半期決算の見通しが固まってから決算発表を行うまでの期間にも、永守氏の指示で頻繁に信託設定の条件を変えていた疑いまであるという。事実だとすれば、インサイダー取引の疑惑は、いっそう深まる。
元証券取引等監視委員会専門検査官で、会社法や金融商品取引法を専門とする白井真弁護士もこう指摘する。
「インサイダー取引になるかは、インサイダー情報(重要情報)を知りながら信託設定の変更指示を出しているかがポイントになる。実務ではそのような疑義を避けるため仮に変更指示を出す場合でも厳密に情報隔壁を構築して慎重に行うが、本件は、外形的にみると、このような実務の取扱いに照らして違和感を覚えると言わざるをえない。そもそも、信託設定である以上、裁量を一任していなければならないが、実際は永守氏の指示でやっていたとすると、何らかのインサイダー情報を知りながら指示を出している可能性があるとの疑義を招きかねず、そのような疑義を招くこと自体、信託制度の本来の意味を損なうことになる」
永守氏は日本電産の大株主
日本電産の元役員にこの情報を確認したところ、「永守会長はストイックで、私腹を肥やしているわけではない」とかばってみせたが、直近の有価証券報告書によると、永守氏は妻が代表を務める法人と合わせて日本電産株の約12%を保有する大株主だ(2022年3月末時点)。「私腹は肥やしていない」では済まされない。
永守氏は日本電産の取締役会の議長であり、執行権限を事実上独占し、個人としては筆頭株主でもある。しかも、日本電産本体には労働組合もない。社内にはその暴走を食い止めることができる者は誰もいない。
折りしも9月5日、日経平均株価を構成する銘柄の1つに日本電産株が採用された。わが国を代表する銘柄の1つとなったわけだが、社外取締役や監査法人が機能しているかも含め、日本電産のガバナンスに問題なしとできるのだろうか。
なお、自社株買いをめぐる疑惑や関氏退任に至るまでの永守氏の社内での発言などについて、日本電産広報に東洋経済編集部から詳細な質問を送ったが、期限までに回答はなかった。
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