“迷惑施設"を返上できる?小田急「踏切」に命名権 広告活用とともに「出かける目的地にしたい」

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実際に企画が動き出したのは2021年の夏ごろ。本社部門の2人がサポートしつつ、実務は基本的に稲木さんが乗務の合間を縫って進めた。まず課題になったのは場所だ。人通りが少なすぎると広告効果の測定には適さず、多すぎてもリスクが高いため、最初に試行する場所としては都心寄りの区間よりも本厚木以西が適していると考えられた。さらに、効果がわからない状態で最初から有料化するのも難しく、実証実験は無償で行うこととなった。

そこでパートナー候補となったのが沿線自治体だ。さまざまなやり取りを経た結果、最も好感触だった秦野市の協力を得られることになった。愛称を同市の公式動画チャンネル「はだのモーピク」にしたのは、動画のチャンネル登録者数や看板に貼ったQRコードの読み込み回数と交通量の比較などによる効果測定がしやすいためだ。

看板は駅名標を模したデザインとイラスト入りの2種類を設置。イラストはロマンスカーをテーマにした絵本を出版した喜多見電車区の運転士、小林理絵さんに「子どもが見て『ほわっ』とするような絵本風のデザインを」(稲木さん)と依頼した。看板も、目的地になる踏切の要素となりうる。

はだのモーピク踏切の看板
「はだのモーピク踏切」のイラスト入り看板。絵本を出版した喜多見電車区の運転士、小林理絵さんが描いた(記者撮影)

東海大学前1号踏切を選んだのは市側の意向だ。小田急は隣駅の鶴巻温泉付近にある「伊勢原15号踏切」も提案したが、秦野市広報広聴課の担当者によると、「内容が動画チャンネルなので、若者や学生の多い場所に設置することで興味を持ってもらえれば」との狙いで決めたという。

課題はネット地図掲載

実証実験を開始したのは3月30日で、期間は9月末までの予定。市によると動画チャンネルの登録者数は「極端な増加はないものの、じわじわ伸びている」というが、効果はまだ「検証中」(稲木さん)だ。命名権についての問い合わせもすでにあったといい、今後は検証結果を踏まえたうえで拡大を検討する。 “目的地”としての活用に向けて、「踏切に付けたQRコードによるスタンプラリーなども実施できれば」と稲木さん。長期的には新宿方面への展開も目標だ。

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ただ、効果検証以外にも課題はある。1つはオンライン上の地図に名称を掲載するのが難しい点だ。稲木さんはグーグルマップに登録を試みたが、「営業時間のある店舗を想定しているということで、現状だと踏切はできないんです」。地図に表示されるのはネーミングライツの重要な要素だけに、事業化に向けては踏切の看板以外にもネット上などで幅広く名称を知らせる手段の検討が必要だろう。

小田急線には「お出かけの目的地」になりうる踏切がすでにあるという。稲木さんが例として挙げるのは、地元によってヒマワリ畑が手入れされ、電車の見える台などもある伊勢原―鶴巻温泉間の「伊勢原10号」だ。踏切は地域と鉄道の接点でもある。ネーミングライツの注目度によって目的地や広告媒体としての新たな価値を生み出し、迷惑施設の“汚名”を返上することはできるか。

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小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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