関西鉄道ファンのヒーロー、「近鉄特急」名車列伝 写真で振り返る思い出の列車、約半世紀の記録

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先頭車は非貫通のヨーロピアン風流線形、中間車にビスタドームといわれた2階建て車を備え、車体の色はその後の近鉄特急車の基本となるオレンジとブルーの新塗色を採用した。この美しいフォルムはたちまち日本中の話題になり、まだ若かった筆者もその姿にひかれ、遠くヨーロッパの鉄道にまで憧れるきっかけとなった。そして1960年1月のダイヤ白紙改正では名阪間無停車、いわゆる名阪ノンストップ特急が誕生した。

新鮮だった車内サービス

筆者は1976年、広報担当者立ち合いのもとで10100系の同乗取材をした。憧れの電車にワクワクしながらの乗車だった。

車内でおしぼりを配る「スチュワーデス」(撮影:南正時)

車内には、当時「スチュワーデス」と呼ばれた車内サービスを担当するアテンダントがおり、何よりも新鮮だったのは彼女たちが当時の飛行機と同じ“おしぼり”の提供や、飲み物・軽食のサービスをしていたことだ。ビジネスで行き来する関西や名古屋地区のオジサンたちは彼女たちのことを親しみを込めて「おしぼりネェチャン」と呼んでいたという。案内してくれたベテラン広報マンが、「キャバレーにスカウトされてしまう人もおるんですワ」とぼやいていたことが懐かしい。

1978年12月には3代目ビスタカー、30000系が登場。中間の2両が2階建ての4両編成で、デビュー時の報道公開から試運転や公式試乗会など取材を続けたことで、筆者には非常に親しみのある車両となった。4両編成2本の連結運転による大量輸送も可能になり、この成功を受けて国鉄でもダブルデッカー車の開発が進んだといわれている。30000系はリニューアルされ「ビスタEX」として現在も活躍中だ。

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