「肉の生食をやめられない日本人」に欠けた視点 「新鮮だから刺身で食べられる」なんてことはない

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他方で厚生労働省が十年一日のごとく、「75℃1分」とか、加工肉製品向けの「63℃30分」とかすべての肉をひとくくりにした加熱基準を動かそうとしないことも内臓肉の生食がなくならない理由のひとつかもしれない。過剰なバッファは調理の現場で得られた体感との大きなギャップを生み、結果、基準が軽んじられることになる。曖昧になった基準は、いつしか安全と危険の境界線さえ飛び越えてしまう。

基準が曖昧な状態では、情報を強く打ち出せない。いまだにジビエの内臓の刺身を珍重するベテラン猟師などもいるというが、正確な情報を強く打ち出さなければ、情報は本来届けたいところに届かない。

そういう意味でアメリカは科学が正義の国で、情報の扱い方を少なくとも日本よりは心得ていると言っていい。一定の基準のもとに情報は発信され、新たな事実が判明したらその情報の上書きをいとわない。

例えば肉の加熱基準もそうだ。肉ごとに加熱すべき温度の設定が細やかなのだ。鶏、七面鳥など家禽の肉は74℃。牛、豚、仔牛、ラムのひき肉は71℃。牛肉、仔牛、ラム、豚肉は63℃など、実際の安全圏には多少のバッファを持たせてはいるが、肉によってそれぞれ違う基準を設定していた。

アメリカ農務省(USDA)は2011年、豚肉の加熱基準をひき肉と同等の71℃から牛やラム肉と同じ63℃3分加熱にまで引き下げた。

多少のバッファを見込んでも加熱の基準が細やかなのは、さすがは自由と責任の国である。単に安全だけを考えればもう少し下げられるはずだが、そこは現場の運用を考えると、多少ののりしろを設定せざるを得ないということだろう。対して、日本の厚労省に基準を下げようという機運はあまり見受けられない。

基準を曖昧なままに捨て置かず、明文化していく。それが当たり前のことになったとき、日本人の肉食文化はひとつ上のステージに進むのかもしれない。

E型肝炎罹患者増の“実績”もある豚レバーの危うさ

2011年、牛レバーの生食が禁止されたとき、代用品として豚レバーのレバ刺しや、内部まで火が通っていないタタキ状のレバーを「レバテキ」と称して提供する店が全国的に増えた。もちろん表面だけ炙っても、まったく安全ではない。

そもそも当時、豚レバーの生食が推奨されていたわけではない。2011年に牛には規制がかかったが、豚の生食には規制がかかっていなかったというだけの話。豚肉・豚レバーの生食規制は2015年まで待たねばならなかった。

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