ゴールドマン・サックスが進める調査部門「汎アジア化」改革の実態--堀江伸・投資調査部門統括
将来的に、日本とAEJをいかにうまく融合できるかで証券会社の勝負が決まるだろう。日本もアジアが必要だが、アジアも日本が極めて必要だ。日本株をきちんと分析するには、アジアの株を分析する必要がある。同時に、中国株などアジアの株の分析は、日本株を分析せずにはできない。特に、日本で過去起こってきた産業構造の変化などを理解せずに中国や韓国の株を見るのは不可能だろう。大手のレベルの高い投資家はそれを十分に理解しているし、われわれもそう思っているので、それに沿って組織を作り、アナリストに対してインセンティブを付けている。
--日本の相対的な地位低下も言われるが……。
日本を含めたアジア全体の地位は向上する。しかも、日本には極めて重要な役割がある。証券会社でいうと、日本では圧倒的にローカル(現地)to ローカル(現地)のビジネスが多い。日本株を日本で売っている。それで成功しているのが日本だ。
一方、新興国の場合は、現地のものを海外で売ったり、海外のものを現地で売ったりすることが今は主体。現地のものを現地で、というビジネスはまだ少ない。会社全体として、そうした経験をうまく利用し、ノウハウを伝え、人材を動かすことが重要。産業分析でも、日本の歴史を知っているかどうかで、アジアの新興国での分析の深さが違ってくる。(最近当社で出した)中国の百貨店のリポートにしても、日本における百貨店の発展の歴史を分析することで、いつどういう状況で百貨店が衰退していくかがわかる。それがレポートの付加価値にもなる。米国を見るよりは、同じアジアの日本を見たほうが、近似的なものがあり、そうしたことを分析すること自体が非常に興味深い。
--中国でも現地to現地のビジネスが成長し、証券界でも競争が激しくなっている。
中国の投資家もかなり成長していて、国内投資家向けの中国A株の売買高も急増している。大規模な投資信託や保険会社も数多くある。個人投資家が主体とはいえ、機関投資家のビジネスも十分成り立っている。
われわれは数年前から、現地のA株を取り扱いできる証券会社(高華証券)を持っており(現地企業との合弁会社)、A株のカバレッジも100社以上ある。数年前からやっていたのは当社とUBSぐらいで、他社も最近追随し始めているが、すでに数年の先行者メリットはある。現地のアナリストは現在十数人だが、2~3後には20人を超え、日本株のアナリストの数を逆転するだろう。3~5年後にはカバレッジも数百社になり、アナリストも数十人規模に拡大してもおかしくない。
--将来は海外のアナリストが日本に来て、日本企業の分析を行うケースもありうる?
それはありうるし、逆に日本人がアジアに行く場合もあるだろう。その場合には、英語はかなりバイリンガルでなければならないし、グローバルに通用するアナリストの行動様式が求められる。各産業界のご意見番ではなく、投資家に積極的に投資アイデアを提供し続けることによって対価を得るというメンタリティが必要。そこが日本で進化が遅れていた点だった。
■投資決定委員会を一段と厳格に運営
--投資評価のシステムはどうなっているのか。
当社では、インベストメント・レビュー・コミッティ(IRC)という投資決定委員会において、すべてのレーティングや投資評価の変更の承認を行っている。アジア全体の委員会は、私を含む、20年以上の経験を持つアナリスト6人がメンバー(調査部長5人とIRC専任のアナリスト1名)となっており、評価変更のたびにミーティングを開催し、厳しく評価している。形としては10年ぐらい前からあったが、厳格に運用し始めたのは最近2~3年だ。
もともと本格的にビジネスモデルを再考し始めた最初のきっかけは、米国ITバブル後のアナリスト・スキャンダル(利益相反)で、SEC(米証券取引委員会)によってアナリスト業務とバンキング業務の分離が通達されたことがあった。これを受けて、バンキング業務から離れたリサーチ業務の価値を再考し始め、IRCなどの仕組みができた。これを近年、競争力のエッジとして、さらに厳格に運用し始めた。
投資評価の売りと買いの的確性やバランスに加え、特に重視しているのが業績予想の正確性。より業績予想が正しければ、適正な目標株価や投資判断も下せる。こうした当たり前のことを、マネジメントがきっちりとスクリーニングしてアナリストにフィードバックするようにしている。IRCは毎日のように開催され、私の時間の3~4割はIRCに使っている。
--人材のトレーニングはどうやって行っているか。
ジュニア(新人アナリスト)の場合は、まず会計やリポートの書き方などの基本を学ぶプログラムが3年間あり、その後のアソシエイト(約4~7年目)のレベルになると、一人のシニアアナリストがメンター(指導者)として付きっきりでトレーニングしていく。それ以上のバイス・プレジデントやマネージング・ディレクターのクラスになると、部長の私が直接指示を行う形となる。