説得力に欠ける人は「目」に迫力がこもっていない 心を動かす感情は万人に共通、文章力も重要だ

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実を言うと、いちばん欠くことのできない訓練法を、われわれは最も後まわしにしている(それは骨の折れる作業で、たいていの人は面倒なことを避けようとするものだ)――。

その方法とは、できるだけ多く文章を書くことである。

ペンこそが、最も優れた指導者、最も豊かな創造の源なのであり、わたしがこのように言うのには、れっきとした理由がある。

それは、即興でおこなう弁論は、念入りに考えられた弁論にはまったく歯が立たず、そのように周到に準備された弁論もまた、推敲に推敲を重ねた文章にはかなわないからだ。

思いつきで話す訓練を繰り返しても弁論は身につかない

思考というのは、それが知識からひらめくものであれ、才能や知性からひらめくものであれ、洞察力を総動員しながら、その主題についてじっくりと分析するときに、初めて形となってわれわれの頭に浮かんでくる。

その瞬間、主題に最もふさわしく、きらめくように鮮やかな思考と言葉が、ペンの先から次々とあふれ出てくるのである。

さらに、文章を書くことによって、詩とは異なる、弁論特有のリズムに合わせて言葉を並べられるようになる。

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優れた弁論家が称賛や喝采を浴びるのは、こうした技能があってこそであり、時間をかけて多くの文章を書かない限り、思いつきで話す訓練をどれほど熱心に繰り返しても、それを身につけることはできない。

多くの文章を書いてきた弁論家というのは、ある種の能力を備えていて、即興で話すときにも、きちんと書かれた文章のように話せるだけでなく、用意していた原稿から話が逸れてしまっても、そのままの調子で話し続けることができる。

勢い良く進んでいる舟は、途中で漕ぐのをやめても、そのまま進路を保って進んでゆく。(書く訓練を積んだ弁論家の)演説もこれと同じで、途中で原稿を見失っても、書かれていた内容から大きく外れることなく、そのままの勢いを保って進んでゆくのだ。

マルクス・トゥッリウス・キケロ 古代ローマの政治家、哲学者、文筆家

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Marcus Tullius Cicero

紀元前106年〜紀元前43年。古代ローマの政治家・哲学者・文筆家。ローマ帝国の南に位置する街アルピーノで騎士階級の家に生まれる。シチリア属州判事時代に政治の腐敗を雄弁かつ鋭く指摘、その後、数々の官職を経験し、紀元前63年に執政官(コンスル)に選ばれる。カエサルの後継者マルクス・アントニウスと反目したことで、アントニウス側の手によって命を落とす。存命中はその卓越した文才を生かし、『国家論』をはじめ、政治や倫理、宗教、老いなど幅広いテーマで著作を記した。

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