渡辺謙、「他人の人生経験は役に立たない」の真意 ドラマ『TOKYO VICE』で見せる新境地

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東京の上野恩賜公園にある不忍池が舞台で、僕は1幕はずぶ濡れの状態で出演するんです。ずぶ濡れのまま暗転すると、シャワーを浴びて着替えて、メイクもし直します。2幕は僕が安アパートの中でサフランの造花を作りながら、スポットが当たった李麗仙さんが歌うシーンから始まります。あれは舞台の中日(なかび)ぐらいの頃だったでしょうか。「自分は一体、何をやっているんだろう。お家に帰りたい」と思って、やめたくなりました(笑)。お客様がいるので当然、実行はしませんでしたが。

(写真:梅谷秀司)

それに近い感覚は、舞台『王様と私』(2015年、ヴィヴィアン・バーモント劇場/2016年、リンカーンセンター・シアター。ともに主演)のときにもありました。プレビュー公演(本演開幕日の前に行われる試験公演)が39回あったんです。

1日1公演の日は、昼間はプレビューをして、夜は本番という生活でした。プレビューではお客様がフルハウス(満員)で体力と気力を限界まで消耗しましたし、本番ではプレビューで修正やカットした芝居をノッキングしながらショーをしなければいけない。僕がとまどっていると、周りは「プレビューだから大丈夫」と励ましてくれるのですが、「フルハウスなのに!?」と、そのときもお家に帰りたいと思いました。ここから逃げたいと。

――二度も「お家に帰りたい」と思ったんですね(笑)。逃げ出さなかった理由は。

仕事を請けた責任を果たすべきだとわかっていたからです。「これは、乗り越えなければいけない壁だ」と思いました。仕事での壁は、おそらく誰でも経験しているのではないでしょうか。

――ですが渡辺さんは、好きなことを仕事にしていますよね。ビジネスパーソンは、好きではなくでも、食べていくために仕事をしている人も多いと思います。

食べていくためだけに仕事をしていると思っているということは、その仕事を好きになれないからではないですか? 個人的には好きになれなければ転職してもいいと思っていますが、いまの仕事を好きになれないのであれば、どんな仕事をしても好きにはなれないと思います。人生、そんなに都合よく進まないものですし。

出演作を選ぶ基準は、おもしろいか、おもしろくないか

「天職」という言葉がありますが、僕は「この仕事を選んでよかった」と思っているので、天職だと思っています。ですが、天から与えられた職業ではないとも思っています。

次の出演作を選ぶときは、おもしろいか、おもしろくないか。好きか嫌いかも基準の1つで、1つずつ仕事を選んでいるわけです。その中で、予想していたほど世の中に受け入れられなかった作品も半分ほどある一方、注目される作品もあります。

「渡辺謙は俳優として成功者だ」と言われることもありますが、おそらく半分の作品は受け入れられていないということ。だからといって、自分がダメだとは思わない。ベースは、自分がおもしろいと思えるか、楽しめるか、だからです。

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