パウエルFRB議長の米景気見通しは楽観的すぎる 昨年の物価見通しの失敗に続き再度の間違いも

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会見でパウエル議長はアメリカ経済について「依然として好調であり、利上げが行われる状況下でも成長のペースが鈍ってくる兆しはほとんどなく、向こう1年の間に景気後退(リセッション)に陥る可能性も高くない」と発言した。

これをきっかけに株式市場には猛烈な勢いで買い戻しが集まる格好となった。パウエル議長はこれまでの記者会見や議会証言でも絶妙な言い回しによって、市場に混乱を与えることなく自分たちの方針を伝えることに成功してきたが、まさにこのときも面目躍如だった。

このあたりのパウエル議長のやりかたは非常に巧妙で、芸術的と言っても過言ではない。今回もインフレの高進や利上げが瞬時に織り込み済みとなり、市場の注目が今後の景気動向に移っていることを察知したうえで、景気の先行きに関してはかなり楽観的な発言を行ったわけであり、市場もそれを素直に好感したということだ。

だが、こうした楽観的な反応を示したのは、株式市場だけだったということも忘れてはならない。債券市場では逆に、FOMC後に将来的な景気の減速を急速に織り込むような動きとなっている。景気見通しのバロメーターとされる長短金利差は、まず3年債の利回りが5年債や10年債を上回る、いわゆる逆イールドという状態になったのにはじまり、4月1日にはベンチマークとされる2年債と10年債の利回りが逆転、同時に2年債と30年債も逆転するに至っている。

一般的にこうした長短金利差の縮小、あるいは逆転は将来的な景気の減速を示唆しているとされている。逆イールドが必ず景気後退につながるというわけではないが、1980年以降6回起こった景気後退局面では、いずれの場合も事前に2年債と10年債の利回りが逆転している。債券市場は常に冷静に景気動向を反映するとされているが、少なくともその債券市場が、景気に対して楽観的なパウエル議長の見方を裏付けるような動きを見せていないことだけは確かだ。

パウエル議長の楽観的な見通しは、外れる可能性が高い

市場との対話では、類まれな才能を見せるパウエル議長も、経済予測は苦手なようで、昨年の今頃は物価に関して強気のデータが相次いできたにもかかわらず、「インフレは一時的な要因によるもの」との見解を繰り返していた。

その後インフレ圧力が強まる一方となったことを受けて議長も見通しや方針を変えざるをえなくなり、昨年11月のテーパリング(量的緩和策の縮小)開始につながったことは記憶に新しい。今回も「リセッションに陥る可能性は低い」との見通しが当たっていればよいが、債券市場の動向をみる限りでは、再び見通しを誤る恐れも十分にありそうだ。

いずれにせよ、今後は景気動向に対する市場の注目が高まることは間違いない。物価に関しては、ウクライナ情勢の緊迫が長期化しており、商品市場の高騰を見る限り、一段と上昇圧力が強まるのは避けられない。

ただ、すでに市場ではかなりの部分が織り込み済みとなっている可能性が高い。またFRBの金融政策に関しても、バランスシートの縮小がいつ始まり、どの程度のペースとなるのかに関してはサプライズの余地が残っているが、5月のFOMCで0.5%の大幅利上げに踏み切ったとしても、市場の反応が限定的なものにとどまることも十分にありうる。

一方、こうした一連の金融引き締めを受けて、今後景気の回復ペースがどの程度鈍ってくるのかに関しては、市場はより敏感に反応する可能性が高い。景気の先行指標とされるISM製造業景況指数は直近の3月で2020年以来の低水準に落ち込んだが、今後も企業景況感調査や消費者景況感指数、失業保険申請件数、住宅建築許可件数や小売売上高などへの注目度を高めておきたいところだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

松本 英毅 NY在住コモディティトレーダー

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まつもと えいき / Eiki Matsumoto

1963年生まれ。音楽家活動のあとアメリカでコモディティートレードの専門家として活動。2004年にコメンテーターとしての活動を開始。現在、「よそうかい.com」代表取締役としてプロ投資家を対象に情報発信中。NYを拠点にアメリカ市場を幅広くウォッチ、原油を中心としたコモディティー市場全般に対する造詣が深い。毎日NY市場が開く前に配信されるデイリーストラテジーレポートでは、推奨トレードのシミュレーションが好結果を残しており、2018年にはそれを基にした商品ファンドを立ち上げ、自らも運用に当たる。ツイッター (@yosoukai) のほか、YouTubeチャンネルでも毎日精力的に情報を配信している。

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