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ライフ #子どもの命を守る

「虐待はゼロにはできない。転んだときの手助けが必要」 当事者が語る|ブローハン聡

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ぶろーはん・さとし 1992年東京都生まれ。「青少年自助自立支援機構」(コンパスナビ)職員。児童養護施設出身者として講演や支援活動をする。フリーでタレント、モデルとしても活動。(撮影:梅谷秀司)

児童養護施設などを退所した若者が集える場として、今年7月に開設された「クローバーハウス」(さいたま市)。施設長のブローハン聡さん(27)は、4歳から11歳まで義父から虐待を受けていた。現在は青少年自助自立支援機構の職員として施設の子どもや退所者の相談を受け、支援者へ橋渡しをしている。

──どのような家族でしたか。

母はフィリピン人。父はもともと家族があり、自分は認知されず非嫡出子として生まれた。4歳の頃、母が結婚して、義父からの虐待が始まった。夜、寝ていると、帰ってきた義父が鍵穴に鍵を入れる音が聞こえ、その音で酔っているのかがわかる。寝ている自分の頭の上に枕を置き、その上を踏んで何度もジャンプをした。

殴られるのは当たり前。バイクの後ろに乗せて振り落とされたり、水風呂に顔をつけ押さえ込まれたりと、命を脅かされるような暴力を日々受けていた。

泣き顔を見せればエスカレートするから、我慢した。あまりに痛くて言葉にならない。その瞬間は意識を飛ばし、人形のように無になる。今思うと、そうやって自分を守っていたのだと思う。

──誰かに助けを求めることはできなかったのですか。

好きな母を困らせたくなかった。母に矛先が向かないよう、自分だけで収まってほしかった。

11歳のとき、ライターでお尻や耳をあぶられてやけどをした。そのせいで不自然な座り方をしていたら、学校の先生が虐待に気づいて一時保護された。そのときは、「ばれてしまった」と血の気が引いた。周囲に話せば、必ず家に引き戻されると思っていたからだ。

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