北朝鮮、始まった市場経済への転換 金第1書記が「独立採算制」の実施を指示

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なお、今回の『勤労者』では「5.30労作」となっているが、北朝鮮ではもともと故・金日成や金正日、金正恩など最高指導者の論文や発言、教示などを「労作」ということになっている。そのため、北朝鮮国内では「5.30措置」と言うことはないようだ。

この論文で言う「5.30労作」は「これまで試験的に実施されてきた独立採算制といった方針を全国へと拡大させ、さらに細部的な規則・規定まで記したものではないか」といった見方が強い。特に、リ副局長が論文の中で「工場、企業所、協同団体で社会主義企業責任管理制をまさに実施すべきだ。企業体は国家の統一的な指導の下、自らに与えられた経営権を行使し、すべての予備と可能性を余すところなく探究・動員し、勤労者の精神力を発動させ、与えられた国家課題を無条件に遂行すべきであり、国家の経済発展戦略に基づいて自分たちの実情に合う経営戦略、企業戦略を立て、生産を積極的に増やし、企業を拡大発展させるべきだ」と述べている。

独立採算制=社会主義企業管理責任制

注目すべき点は、リ副局長の論文で使用されている用語だ。「社会主義企業管理責任制という概念は、北朝鮮で初めて使用されるものだろう」と韓国・国民大学の鄭昌鉉教授は指摘する。「経済運営に対する朝鮮労働党の権限が及ぶ範囲を補償するものの、できるだけ現場の企業や協同農場の運営に党が介入する部分を減らす方向に進もうとするもの」と説明する。

「社会主義企業管理責任制」については、朝鮮社会科学院経済研究所工業経営室の朴成哲(パク・ソンチョル)室長が今年9月、東洋経済の「独立採算制が導入されて企業などの収益性が上がっているのか」との質問に対し、「独立採算制とはわが国では言わない」と前置きしながらも、「社会主義企業管理責任制といったものを実施している」と述べたことがある。

その「社会主義企業管理責任制」の具体的な内容としては、企業ごとに自分たちで計画を立案し実行・生産できることや、人民の需要が高い製品を生産計画に反映できるようにすること、さらに国家計画の下で各企業の実情に合わせて労働力を調整したり人材養成もでき、合弁事業や生産物と価格の決定も企業が独自に行えると説明した。

核開発やミサイル発射、さらに国内の人権問題など、国際社会からの厳しい視線が変わることはない。だが、一時はどん底とされた厳しい経済環境からは抜け出し、穀物生産なども増加傾向にあるのは確か。今回、経済主体の自由度を高める「5.30労作」が拡大・定着するとしたら、今後の北朝鮮の経済開発と対外開放による変化が、国際社会が想定する範囲を大幅に超える可能性もありそうだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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