芥川龍之介が3万字論文書いた「木曽義仲」の魅力 松尾芭蕉も愛惜した猛将の知られざる実像

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諜状には、まず「皇位までもほしいままに操り、国郡をかすめて領地としてきた」平家の「悪逆非道」が記される。とりわけ、清盛が後白河法皇を軟禁したことや、その皇子・以仁王を追討したことなどを非難している。

そのうえで、義仲を含む源氏の挙兵を平家への私怨ではなく、以仁王の令旨に基づくものだということを強調。義仲が平家方の軍勢を打ち破ってこられたのも、自身の武略ではなく、神仏の加護によるとする。

そして、書状は本題へと入っていく。

敵対したくないという心を見せつつ、威嚇も含んだ内容

「延暦寺は平家の味方なのか、源氏の味方なのか。もし、悪逆の平家に加担するならば、義仲は比叡山衆徒と戦をし、これを滅ぼさざるをえない。しかし、仏法を破滅させる平家を倒すため、挙兵した義仲が衆徒と戦うのは本意ではない。とはいえ、比叡山に遠慮し、進軍を遅らせることは、朝廷の命を怠ることであり、武名を傷付けることとなる。よって願わくは、神仏のため、国のため、君のため、衆徒が源氏に味方することを望む」

これが『平家物語』に記された諜状の主な内容である。

比叡山と敵対したくないという心は見せつつも、もし刃向かってきたら、断固とした処置をとるぞという毅然とした威嚇の文言をも含んでいる。

「もし合戰を致さば、叡岳の滅亡、踵を旋らすべからず(あっという間であろう)」との文言は、「無名の田舎武者めが」と比叡山の人々を怒らせたに違いない。

しかし、結局は、比叡山は義仲に味方することになる。日の出の勢いの源氏に敵対しても詮ないということもあるが、所領安堵などが認められたことも大きいだろう。

比叡山衆徒が義仲に味方した背景には、覚明が旧知の僧兵に働きかけたことが要因との説もある。義仲上洛までの動向を見てきたが、そこからは「彼の一生は失敗の一生也」とする考えがいかに一面的かがわかるだろう。失敗どころか、彼の前半生は、時の勢いや幸運にも恵まれ、覚明という人材にも恵まれていた。それが、義仲の成功の秘訣でもあった。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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