ウクライナ人脱出で欧州に再び「難民危機」の足音 受け入れ分担をめぐる意見衝突は避けられない

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イスラム教徒が多かったシリアや北アフリカからの難民と異なり、ウクライナ人の多くはキリスト教徒(東方正教会)で、2015年の難民危機後のような反移民感情が急速に高まる様子は見られない。とはいえ、数百万人単位の新たな難民受け入れともなれば、文化や生活様式の違いにより既存住民との衝突が生じたり、職や福祉を奪われているとの不満が高まったりすることはあるだろう。時間の経過とともに歓迎ムードが一変する可能性もある。

新型コロナウイルスの行動制限緩和後の経済活動回復により、現在、多くの欧州諸国は人手不足に直面している。労働需給が逼迫している国では、新たな労働力の担い手として歓迎されるだろうが、経済環境悪化時には高失業国を中心に不満が噴出するおそれがある。

経済協力開発機構(OECD)が加盟する25カ国を対象に2006~2018年の期間で行った調査結果によれば、移民の流入による受け入れ国の経済的な負担は、すべての国で移民による納税額が、社会保障、医療、教育など移民に対する各種公共サービスの提供費用を上回った。

移民の年齢構成が就労年齢以外の占める割合が多い場合、受け入れ国の経済的な負担はより大きい傾向が見られた。今回のウクライナからの避難民は、女性、子ども、高齢者が中心で、女性の労働市場参加が期待されるものの、高齢者や就労前の子供は公共サービスの受け手となる。短期的には受け入れ国の経済的な負担が増す可能性が高い。

EUのウクライナ人道支援には追加の財源が必要

特にウクライナと国境を接するポーランドやハンガリーなどの東欧諸国は、避難民の受け入れに伴う財政負担が増し、EUによる資金支援が必要となる。EUは2021~2027年の多年度予算で庇護・移住・統合関連予算を大幅に積み増したが、ウクライナの人道支援の規模を考えると、追加の財源を確保する必要がありそうだ。財政負担の在り方をめぐって、EU加盟国間の不協和音が改めて噴出する恐れがある。

2015年の難民危機時や新型コロナウイルスの感染拡大時には、負担の大きさから一部の加盟国が国境を閉ざし、EUが保障する人の移動の自由が制限された。EU加盟国は今回、ウクライナ支援と一時保護規則の適用で結束を示したが、一部の加盟国はEUの難民政策や域外共通国境管理(シェンゲン協定)の見直しを求めている。難民受け入れによる財政負担や受け入れ分担をめぐっては、加盟国間の意見衝突が避けられないだろう。

ロシアへの経済依存、エネルギー政策、安全保障、さらには難民政策や人の移動の在り方など、ウクライナ問題は欧州に多くの難問をつきつけている。

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『新しい世界の資源地図』著者のダニエル・ヤーギン氏に聞く

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田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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