国内初「内密出産」肯定ムードの報道に足りぬ視点 生まれた子や母親にとって本当にプラスなのか

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報道は実名が原則である。ケース・バイ・ケースで匿名にすることはあるが、報道機関側がどこの誰かを把握したうえで、実名を出すかどうか判断する。どこの誰かわからない状態であれば、その人物の存在や行為が事実であるという確証を報道機関は得られない。

日本新聞協会は2006年に発行した「実名と報道」という冊子の中で、こう指摘している。

「社会全体が匿名化すると、個人の権利・義務の関係があいまいになり、人権侵害を招いたり、人権侵害があっても分からなくなったりする恐れがあります」

今回のケースでは、慈恵病院側が出生届の提出を保留した。そのため、熊本市の大西一史市長は「子どもに不利益がないようにしなければならない」として職権で戸籍を作ると公表した。

戸籍ができればいいという話なのだろうか。戸籍法は、子どもの誕生から14日以内の出生届の提出を義務づけている。親に事情があって提出できない場合、出産に立ち会った医師や助産師が「届出をしなければならない」(第52条)と規定し、違反すれば5万円以下の過料もある。

報道では、出産女性は健康保険証と学生証のコピーを新生児相談室長に渡したとされているが、保険証に本籍地は書かれていない。住所はあっても転居すればわからなくなる。

仮に病院側が出産女性の本籍地情報を持っていたとしても、そこから現住所をたどることは病院側には不可能だ。子どもが成長して本籍地を基に実母の現住所を知りたいと行政に訴えても、親子関係を証明する公的書類がない限り、行政は女性の個人情報を開示しないだろう。

希望する養子縁組には実親の同意が必要

女性は、子どもの特別養子縁組を希望しているという。この場合、民法が求める実親の同意が必要だ。女性は10代と報道されており、親権はその親(赤ちゃんの祖父母)にある。親権者の同意がないまま、家庭裁判所が特別養子縁組を認めるのだろうか。

そこを突破して養子縁組が成立したとしても、後に女性の親が孫の存在を知れば、親権を主張して裁判になるかもしれない。娘の予期せぬ妊娠に親が動揺したとしても、孫の顔を見れば溺愛するケースは多いものだ。

医療保険の問題もある。子どもは通常、被扶養者として親の健康保険に入るが、親が不明の場合、保険に入れない。赤ちゃんポストに預けられた子どもの医療費は保険請求できず、これまでは熊本市が負担している。

国連子どもの権利条約は「出生の後、直ちに登録される」「出生の時から氏名を有する」「出自を知る」「身元の情報が失われない」などと定めている。内密出産で生まれた場合、これらの権利はどうなるのか。

今回のケースでは、昨年12月の出生から数カ月にわたって、まだ名前がない。戸籍も保険もなく、特定の養育者もいない状態が続く。実母でなくても特定の養育者がいることは愛着関係を築き、健やかに育つために重要なことだ。病院で生まれたのに出生届も出されず、子どもの権利条約で保障された権利も持てないのは、人権に関わる問題ではないだろうか。

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