経済政策を巡って岸田文雄首相に助言する原丈人氏(アライアンス・フォーラム財団代表理事、元内閣府参与)は、岸田首相が先行して打ち出した分配戦略に加え、財政出動を強化するとみている。原氏は、岸田首相が進める「新しい資本主義」に影響を与えた「公益資本主義」を提唱する。
原氏は7日のブルームバーグとのインタビューで、財政出動の必要性を伝えており、岸田首相は「今年の後半、だんだん議論して言われると思う」と語った。「公的固定資本形成の財政出動」として、防災や医療体制整備のためのインフラ投資を進めることで雇用が拡大し、給与水準を上げる狙いがある。「民間でできないとすれば、政府がしっかりと需要喚起する必要がある」と指摘した。
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原氏は「公共投資は無駄だと信じ込ませるプロパガンダがあったが、そうではない」と述べ、具体的な分野として老朽化した橋やトンネル、鉄道や高速道路への投資のほか、社会的インフラとしての医療を挙げた。
分配戦略と財政出動という二つの基本政策が実現すれば、安倍晋三政権で到達できなかった国内総生産(GDP)600兆円達成も可能であり「700、800兆円も視野に入る」とみる。自民党に設置され、安倍元首相が最高顧問の財政政策検討本部も「岸田首相の背中を押すため」のものと位置付けた。
原氏は、首相とのやりとりの頻度は「私からは言えない」としたが、「よく会っている。いろいろな助言はしている」と明かす。岸田首相は原氏が代表理事を務めるアライアンス・フォーラム財団の2021年10月の会合に寄せたビデオメッセージで、公益資本主義は「新しい資本主義を実現するために非常に重要な理論的な骨格になる」と話し、新しい資本主義実現会議と原氏の財団を「車の両輪」に例えたという。
成長と分配の好循環を目指す岸田政権は、分配戦略として賃上げや人への投資、中間層の維持を挙げる。財政支出については、必要な場合は「ちゅうちょなく行い、万全を期す」「経済あっての財政」とする一方、経済を立て直した後、「財政健全化に向けて取り組む」としている。
岸田首相は市場や株主偏重の資本主義による弊害を問題視し、転換を繰り返し訴えてきた。企業に長期的視点に立った経営を求めるため四半期開示の見直しのほか、格差是正策として金融所得課税強化を検討している。
原氏も英米型の株主至上主義を批判し、株主以外にも適切に利益を分配する公益資本主義を求めてきた。岸田首相とは外相時代から交流があり、自民党の政調会長に就任した際には、公益資本主義を活用した所得倍増の考え方を伝えたという。
首相発言を市場はリスク視
岸田首相の発言をリスク視する市場関係者も少なくない。昨年12月の衆院予算委員会では、企業の自社株買いに関連してガイドラインを作る可能性に言及し、日経平均株価は一時300円超の値下がりとなった。「バイ・マイ・アベノミクス」とニューヨーク証券取引所で呼び掛けた安倍氏や、日経平均株価の3万円台回復を「目標の目標のまた目標だった」と発言した菅義偉前首相とは対照的だ。
原氏は「株価を無視するわけではない」とした上で「株を持っていない人たちの方もしっかり向いて、買える状態まで豊かにすることが重要だ」と語る。給与が上がれば従業員の意欲が増し、企業の業績も良くなるとして「配当金を若干減らすのが株主にとって損だと思うのは大きな間違い。必ず株価は上がる」と強調。「公益資本主義は株価を上げるのに最も強力なエンジンだ」と話した。
自社株買いについては、「資本主義の大原則に反している行為」として一定の制限が必要だとする。首相の国会での発言を受け、「原則として自社株買いをどこまで認めるのかをこれから議論するのが重要だ」と語った。
財務省の法人企業統計によると、資本金10億円以上の企業の利益は、過去20年間に2倍ほどの水準となり、株主配当は6倍以上に膨れ上がっている。しかし従業員の給与は上がっておらず、平均賃金は主要7カ国(G7)で最低水準にとどまる。
原氏は、配当と給与の「不公平な分配をフェアな配分にするだけで給料の改善は十分できる」と話す。四半期決算についても「業績を上げるというプレッシャーで多くの経営者が短期志向になってしまう」として、見直しを強く求めた。
自身の考え方には、経済界では開発に時間を要する素材、化学企業に支持が多いという。原氏はトヨタ自動車の豊田章男社長も賛同者として挙げた。
原氏の影響を受けた岸田首相は、2018年には自民党に自身が会長を務める「公益資本主義議員連盟」を設立。20年の総裁選で菅前首相に敗れた後、21年6月に「新たな資本主義を創る議員連盟」を立ち上げ、格差是正のための再分配を重視する自らの経済政策を打ち出した。9月の総裁選では「新しい資本主義」を政策の柱に据え、勝利を収めた。
公益資本主義は16年の国会で既に話題に上っており、当時首相だった安倍氏が「大変魅力的な考え方だ」と答弁している。同年にまとめられたニッポン一億総活躍プランでも「成長と分配の好循環」の重要性を明記しているが、こうした考え方を岸田政権ほど前面に押し出すことはなかった。
当時について原氏は、「日本は貧しくなっているのに、世界でも豊かな国だと錯覚している人が多かった」ことから「本当に脚光を浴びなかった」と振り返る。長引くコロナ禍により日本経済が打撃を受ける中、原氏の持論は政策を左右するほどになっている。
岸田首相とは、「物をつくり、サービスし、日本人が喜んで働き、豊かになれるような制度設計」について考えてきたという。岸田政権が公益資本主義による企業制度の整備と積極的な財政出動を進めていけば、「国民の所得は倍増するというのはほぼ確実だ」と期待を込めた。
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著者:延広絵美、Isabel Reynolds、竹生悠子
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