全身麻酔「世界初成功は江戸時代の日本人」の凄さ 命がけで開発に挑んだ「華岡青洲」夫婦の物語

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だが、加恵が2回目の実験に挑んだときのことだ。目を覚ますと、あたりは真っ暗である。

「よかった、意識が戻ったか。これで麻酔薬は完成……」

 暗闇のなか、青洲の声だけが聞こえてくるので、加恵は聞いた。

「今日は何日目の夜ですか」

 場がざわめき立つのを加恵が感じたとき、於継の叫び声が部屋に響く。

「夜ですって!今は昼間よ、加恵さん!」

「まさか、お前、目が……」

視力を失ってしまった加恵の姿に、青洲は号泣した。

「すまない!おそらくソウウズの毒が目を……」

於継も涙で声にならないなか、加恵はにっこりとほほ笑んだ。

「いいんですよ。これで多くの人が救われるのですから。あなた、実験を続けてください」

加恵は、これまで病室でのたうち回る何人もの患者の声を聞いてきた。於勝のように亡くなった人もいる。そして、実験では動物の命も失われた。そのたびに、涙する青洲の姿を見てきたのだ。目が見えなくなったことくらいで、嘆き悲しむに値しない。加恵は心の底からそう思っていた。

完成した麻酔薬「通仙散」

大きな犠牲を払いながらも、青洲は麻酔薬を完成させる。薬には「通仙散(つうせんさん)」と名づけた。

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そして、ついに来るべきときがくる。文化元(1804)年10月13日、青洲は通仙散を用いて、世界初の全身麻酔による乳がんの手術に成功した。

「加恵、玄白先生から手紙が届いたぞ!」

「まあ、なんて書いてあるのですか」

「なんでも手術について詳しく教えてほしいらしい。あの玄白先生が私を……」

「よかったわね、あなた。さあ、午後からまた一人、手術ですよ」

「ありがとう、加恵、ほんとうに……」

不治の病とされていた乳がん。それだけに、青洲の成功を知った乳がんの患者が、全国各地から医院に訪れることとなった。青洲は76歳で亡くなるまで、実に156人にもわたる乳がんの患者を治療したと記録されている。

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