ビートルズ、2人が夜の街で出会った運命の瞬間 「ジョン・レノン 最後の3日間」Chapter1
ポールがアイヴァンに連れられて教会の講堂に入ると、クオリーメンのメンバーが次のセットの準備をしているところだった。
ジョンは、札付きの不良として知られていた。何でも、実の母親ではなく叔母と同居しているらしい。町のうわさでは、父親はジョンを捨てて出ていき、母親は別の男と同棲して未婚のまま娘を二人もうけているということだった。
蘇った母の記憶
そのとき突然、ポールの胸に自分の母親の記憶が蘇った。
ポールの母、メアリー・マッカートニーが入院したのは、その前の年の10月29日のことだった。
入院の理由は、ポールにも、弟のマイクにも知らされていなかった。そしてその2日後、ハロウィーンの日に、メアリーは亡くなった。ポールが後で知ったところでは、原因は乳がんだったという。
その日から8カ月が経っていたが、母を亡くした強い悲しみはいまもポールの心を締め付けた。そのころから、ポールは音楽にのめり込むようになった。弟のマイクは、いみじくもこう言ったという。
「母親を亡くして、ギターに出会ったってわけか」
ポールの父、ジムは、若いころジャズ・ミュージシャンとして活動していたことがあり、「歌か楽器ができれば、パーティーに呼んでもらえるようになるぞ」とポールによく言っていた。
ポールが最初に手にした楽器は、トランペットだった。だが、エルヴィス・プレスリー、そして「キング・オブ・スキッフル」ことロニー・ドネガンの音楽に出会ったとたん、ポールはラッシュワース・アンド・ドリーパー楽器店に出かけていって、トランペットをゼニスのギターと交換したのだった。
ただし、問題がひとつあった。ギターは右利きの人用に作られていたが、ポールは左利きなのだ。そこでポールは、ギターを逆向きに、つまり、右手で指板を持って弦を押さえ、左手で弦を鳴らして弾けるように練習した。
セント・ピーターズ教会の講堂で、ポールは置いてあったギターをふと手に取った。
弾き始めたのは、数日前に覚えたばかりの「トゥエンティ・フライト・ロック(Twenty Flight Rock)」。映画『女はそれを我慢できない』でエディ・コクランが演奏していた曲だ。
ただでさえかなり難易度の高い曲だが、ポールの場合さらにギターを逆向きに持って弾かなくてはならない。
それでも、いまや「エルヴィスみたいになる」ことだけを人生の目標に据えていたポールは、いかにも余裕しゃくしゃくといったていで、この気まぐれに始めたパフォーマンスをこなしてみせた。