フィリピン大統領選で異色のコンビが有力に 2022年5月、独裁者と現職大統領の子どもが出馬

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私はイメルダ夫人、ボンボン氏、姉のアイミー氏にそれぞれ個別にインタビューしたことがあるが、ボンボン氏は裕福な家に生まれた育ちの良さは感じられるものの、母のような迫力や姉のような聡明さを感じることはなかった。父の時代の国民への弾圧や隠し資産について聞いても、さほど嫌な顔もせずに淡々と答えるところは人の好さを感じさせたが、凡庸な印象はぬぐえなかった。

そのボンボン氏が大統領選でトップを走る状況をどう解釈すればよいのか。これまで上下院議員や地元の州知事を務めてきたが、立候補した前回の副大統領選ではロブレド氏に敗れている。これといった政治的実績があるとはいえず、議会での欠席や遅刻も目立つ。本人のカリスマ、政治的実績が評価されたという解釈は成り立たないだろう。

サラの支持者がマルコス支持に乗り換えた

サラ氏の大統領就任を望んだ支持者が、ドゥテルテ家と近いマルコス支持に乗り換えたことは間違いない。政権末期になり多少は陰りが見えるものの、いまだ高支持率を維持するドゥテルテ政権の支持者らが勝ち馬に乗るバンドワゴン効果が生まれている。

前回の大統領選では、ドゥテルテ陣営が駆使したSNS戦略が当選の原動力となったとされる。その戦略や体制がボンボン陣営にも受け継がれるようだ。真偽入り混じる情報がさまざまなチャンネルで拡散され、中でも幅をきかせているのは、マルコス時代の圧政と数えきれない人権侵害、政権の腐敗と取り巻きによる国の富の収奪などを否定し、インフラ整備などマルコス政権の業績を讃える言説だ。国民の大多数がSNSを主な情報源とするこの国で、その影響は極めて大きい。

独裁政権を無血の政変で倒し、アジアや東欧の民主化に影響を与えた「ピープルパワー」に国民は誇りを持っていたはずだが、35年の時を経て「革命」後に生まれた国民が人口の7割近くを占めるようになった。世代交代がマルコスアレルギーを薄めている。

「革命」後も貧富の格差を埋める経済改革は進まず、国民の1割にあたる1000万人超が出稼ぎ先の海外から送金して国を養う状況が続いている。「革命」は結局、マルコス一派からアキノ一派へと権力の所在を変えただけではなかったのか。そうしたしらけた空気も社会に沈殿する。

権威主義、強権主義への回帰は近年、アジア各国でみられる現象だ。他国と同様にフィリピンでもリベラル派の退潮は顕著だ。民衆が街頭に出て勝ち取った民主主義を、奪い取った相手の一族に再び託すのか、そこが隣国の選挙の最大のみどころだ。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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