そのためには、アメリカは「中間層のための政策」の意味を整理する必要がある。中間層の一部にでも悪影響があれば貿易や貿易協定を避けるという「反貿易」的態度では、アメリカ経済のダイナミズムが失われるとともに、アメリカの国際的地位は低下する。国内のインフラ、R&D、教育などに投資し、所得再分配機能(補償原理)を強化しつつ、同時にCPTPP等の貿易協定への復帰を追求することは、経済的にも戦略的にもアメリカの国益にかなう。
CPTPPはアメリカ国内政治的には「狭き門」だが、アメリカ国内にも「命に至る門は狭く」「滅びに至る門は大きい」ことを理解する人はいる。シカゴ・グローバル評議会の今年のアメリカの世論調査では、貿易が「アメリカ経済」の利益になるという回答は75%、「アメリカ製造業」の利益になるという回答も63%にも上った。
アレンタウン
ビリー・ジョエルに「アレンタウン」という曲がある。製鉄所や工場が閉鎖され、さびれゆくペンシルベニア州の街、アレンタウンを歌う。この曲が発表されたのは、1982年で、中国が世界の工場になる前、中国がWTOに加盟する20年近く前だ。中国の不公正な経済慣行は修正を求めるべきだが、製造業の苦境の原因をすべて中国とするのは誤りだ。
中国がいなくても、他国との貿易や、技術進歩により、産業は変化を強いられ、変化には痛みが伴う。もちろん、対中貿易は、「経済」を超えた「安全保障」への留意が必要で、先端技術や防衛産業基盤への影響や、過度な対中依存リスクの考慮は必要だ。
しかし、「中間層のための貿易」の名の下に、保護する産業を際限なく広げてすべての工場を守ろうとすれば、比較優位や分業が生みだす成長の源泉が枯れる。第1次大戦でフランスを勝利に導いたフランスのクレマンソー首相は、「戦争は将軍たちに任せておくには重要すぎる」と言った。中間層を守ることも、「貿易政策」のみに任せるには重要すぎる。
われわれは、中国を国内政治のスケープゴートにするのではなく、中国を正しく恐れ、「誠実(honesty)」に「圧力(pressure)」をかけつつ対話することが必要だ。日本は、「中国の有害な貿易慣行」への対応を含むアメリカの対中貿易政策が、あくまで「自由貿易」を基礎としつつ、そのうえに(重商主義・保護主義ではなく)「安全保障」の視点も加味して遂行されるよう、アメリカとしっかり協力する必要がある。それは、日本、アメリカ、そして世界の平和と繁栄のために重要なことだ。
(大矢伸/アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)
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