静寂の中、「風の音を聞いて悟る」 意識をもって、人の話を聞かねばならない

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

考えてみると、それまでの2年間、緊張ということもあろうが、私は、松下の話に相槌を打つだけが精いっぱい。「はい」「なるほど」「へ~」「そうですか」というぐらいの言葉しか、使っていなかった。なにせ相手は大横綱。こちらは序の口だから、鼻から相撲にならない。そう考えていたから、自分の相撲など取ろうとは思っていなかった。だから、松下幸之助の話を拝聴するだけ。終われば、それでホッとしていたというのが実際であった。

そういう私に、松下は不足を感じていたのだろう。その思いとは、おそらく次のようなことだろう。

松下幸之助の思いとは?

もう少し、わしの話を、意識をもって聞きなさい。意識をもって聞けば、なにかきみの考えが出てくる、そういうことにもなるだろう。そういう、いわば問題意識をもって聞くという心掛けが大事だ。

きみを見ていると、ただわしの話を聞いて、適当に返事をしているだけで、それでは、きみの身につかんし、ためにもならない。問題意識をもっていれば、たとえ、なんでもない杉木立を鳴らす風の音を聞くだけでも、あっ、そうか、そういうことか、と悟ることもできる。

そうして悟ったり、新しいことを発見したり、気が付いたりした人たちは、過去にもいっぱいいるだろう。まして、それなりにわしが話しているのだから、その話のなかから、そうか、そういうことか、なるほど、こうも考えられる、というふうでなければならん。

松下は、そういうことを「風の音を聞いても悟る人がいる」と、私に言ったのではないか、いや、そうだ、あれは単なる松下さんの呟きではなく、私への叱責であり、教えであると気が付いたとき、その一瞬、若い私は、体が凍る思いがしたことを覚えている。

それからは、不十分ながら、常に、これはなにを意味しているのか、どういうことにつながるのか、どうなるのか、どのような対応を考えなければならないか、などと考えるようになった。

いま、私の事務所には、若い書道家に「風の音を聞いて悟る」という言葉を色紙に書いてもらい、額に入れて壁に架け、折々に見ては、そうした問題意識、意識をもって見る、聞くことを心掛けるようにしている。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事