ヨーロッパに「夜行列車黄金時代」はやってくるか 衰退一転し復活の動き続々、新規参入会社も
それまでヨーロッパの夜行列車市場において中心的存在だった、ドイツ鉄道のシティナイトラインが完全撤退を決めたのは2015年12月。1年後の2016年12月ダイヤ改正をもって同社はシティナイトライン事業から撤退し、ドイツ国外への国際列車を含む全路線の廃止を発表した。
ドイツ鉄道は、もともと不採算とされていた夜行列車事業から手を引きたがっている様子が垣間見られ、かつては時代を先取りした洗練されたサービスが売りだった列車は年を追うごとにサービスが簡素化され、まったく値段に見合っていなかった。日本におけるブルートレイン廃止と同じ道をたどっており、廃止は時間の問題かもしれないと言われていたが、その不安は現実となってしまった。
各国鉄道会社のみならず、欧州委員会運輸観光委員会ですら報告書に「委員会も加盟国も、夜行列車を維持することを特定の目標としてみなしていない」と記しており、夜行列車衰退はやむをえないものと見られていた。ただ、同時に「夜行列車は減少はしているものの、ヨーロッパ市民の移動ニーズには貢献している」とも述べている。
オーストリア鉄道が引き継いだ狙い
こうして夜行列車運行の中心的存在だったドイツが撤退を決めたものの、そこへオーストリア鉄道が一部の路線を引き継ぐと手を挙げた。
これにはオーストリアという国そのものの事情が関係していた。オーストリアは、首都ウィーン以外にザルツブルクやインスブルック、グラーツといった中規模の都市が点在しているが、ドイツと異なり横に長く、周囲を山に囲まれた地形であるため、高速鉄道の建設が困難であった。それに加え、こうした地形のため首都ウィーン以外で大きな空港を建設することが困難だったこともあり、とくに国際間の長距離移動に関してはある程度を夜行列車に依存してきた。つまりシティナイトラインの廃止は、オーストリアにとって他国との間のパイプを失う、死活問題でもあったのだ。
オーストリア鉄道は引き継ぎにあたり、ドイツ方面への列車を諦めて事業を縮小するか、ドイツ市場を取り込むかの選択を迫られたが、最終的に後者を選んだ。ドイツ鉄道が運行していたすべての区間ではないものの、6つの区間を引き継いだ。このうち5つはオーストリア国内を通過するが、ハンブルク―チューリッヒ間のように、オーストリアを通過しない路線も含まれている。
その後、2016年以降のナイトジェット躍進はすでにご紹介した通りで、これには少なからず、Flygskam(飛び恥)運動に端を発する環境問題も絡んできている点は見逃せない。
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