「優秀さ」とは、新しい価値を生み出すこと 三宅秀道氏に聞く「本業成熟時代」の新基準

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――一方で、最近は若い世代でリスクをとる人が増えていて、有望なベンチャーが出てきているようにも感じます。

今の時代では、優秀さの定義を変えなくてはいけない。言われたことを確実に実行する能吏的な優秀さよりも、新しい価値を生む力こそが今の時代の優秀さだ。大企業が新規事業を成功させるには、そのような人材を引き抜くことも必要だろう。

昨年から内閣府の経済社会総合研究所でイノベーティブ人材についての研究委員をしているが、そこにはヤフーのアプリ開発室長を務める松本龍祐さんもきている。松本さんは生え抜きではなく、コミュニティファクトリーという女性向けのアプリを開発するベンチャー企業を経営していて、その会社が2012年にヤフーに買収されたという経歴を持つ。ヤフーの幹部には、このような買収したベンチャー企業の経営者だった人材がいる。起業経験のある人材が集まって、「迷ったらワイルドな方を選べ」というポリシーを共有しているのが、ヤフーの活力を呼んでいる。

専修大学経営学部の齋藤憲教授は、現在の状況を幕末にたとえられている。大企業にいるエスタブリッシュメントされた人材は、幕末で言えば幕府側の有能な旗本であると。外交儀礼などをちゃんと知っていて、近世的な教養を持ったそろばんがはじける人材は、薩長同盟よりも幕府側にたくさんいた。しかし、彼らは能吏として有能であっても自己変革できなかった。近年、大手家電メーカーのリストラなどによって高い技術を持った人材が外部に出ざるを得ない状況も生まれている。つまり、幕府の瓦解が始まっているのだ。

――外部環境の変化にあわせて、企業で働いている一人ひとりが働き方を変えていく必要もありますね。

「我が社はこの先お先真っ暗です」などと問題を評論家的に分析するだけで終わるのか。それとも、自らその問題を解決すべく動くのか。何かあったときに備えて準備を進めておくことも必要かもしれない。

いきなり独立起業しなくても、週末など余暇の時間を使ってサイドビジネスをすることもできる。メカのエンジニアであれば、近所の家の電化製品の修理の手伝いでもいい。仮におカネにならなかったとしても、組織を離れた自分の技能が何に役立つのかを知っておけば、努力の方向性が定まり戦略を立てやすくなる。人脈が拡がることもあるだろう。

こうした流れが進めば、現在当たり前になっている企業の形が変わってくる。世の中の誰かに役に立つものやサービスを提供するのに、必ずしも営利企業の形をとらなくてもいい。個人や非営利団体の形をとることも増えるだろう。

――会社組織のあり方も変化していくということでしょうか。

通販の千趣会がこけし人形の頒布会からはじまったように、趣味の集まりから徐々に営利企業の形になっていくことも考えられる。ダスキンも元々はある宗教的社会奉仕団体の教えが由来となっており、社会奉仕活動として無償で他所の家のトイレ掃除をしたところから始まっている。

営利企業がひしめいている分野は、競争が激しくて既に出がらしのようになっている。そこで同じ土俵で戦うよりも、違う着眼点のほうが新しいビジネスは生まれやすい。たとえば、東北の支援をしているボランティア活動から、同じ問題を抱えているほかの地域に活動が拡がっていくかもしれない。そうしていろいろ試行錯誤していくうちに、運営が合理化されて元が取れるようになり、最初は小規模でも大きなビジネスに育っていくこともあり得る。

江戸時代に麻織物で発祥した奈良の老舗企業、中川政七商店の成功を支えているのは、13代目となる中川淳社長の、非営利的で、「酔狂」といってもいいほどの、日本各地方のクラフト復興への思い入れでもある。ミッドタウンや新丸ビルに出店するなど、伝統工芸品のセレクトショップで人気を呼んでいる中川政七商店だが、奈良の本社で鍛えられた優秀な人材を建て直したい工芸メーカーに経営幹部として送り込むこともやっている。地方の伝統工芸メーカーの建て直しは採算度外視の面もあり、「そのせいで我が社のほうが大変なのです」と冗談交じりにおっしゃっていた。

中川政七商店は、太宰府天満宮の参道にある土産物販売店のリニューアルも手掛けている。土産物のビジネスはあまり革新的な経営努力をしなくてもそれなりに売れるため、それにあぐらをかいて外部からは逸失利益が大きく見えたという。土産物販売店と地元の中小工芸メーカーとのネットワークを強化することで、双方を活性化することも視野に入れている。

先ほど、齋藤先生がよく今の時代を幕末になぞらえているという話をしたが、私自身は幕末より少し後の明治初期に近いかなと考えている。幕府が倒れるという大きな変化が起こり、それまでのエスタブリッシュ層ではないところから玉石混淆ながら新しい商売がたくさん生まれた時代だ。過去に創られた大きな枠組みが通用している時代には、その枠組みの中で効率的に仕事をする才能が重視される。しかし、外部環境が大きく変わってその枠組みが陳腐化してしまえば、新しい枠組みを作る能力こそが求められるのだ。

島 大輔 『会社四季報プロ500』編集長

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しま だいすけ / Daisuke Shima

慶応義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。総合電機メーカー、生活実用系出版社に勤務後、2006年に東洋経済新報社に入社。書籍編集部、『週刊東洋経済』編集部、会社四季報オンライン編集部を経て2017年10月から『会社四季報』編集部に所属。2021年4月より『会社四季報プロ500』編集長。

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