目先の利益にとらわれず、原理を追求してきた 東芝機械の八木正幸取締役に聞く

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三宅:そんな背景があったのですね……。それで開発に異動後に「好きなことをやっていい」と言われたのでしたね。具体的には何を手掛けたのですか?

八木:「好きなことをやっていい」ということだったので、まず最初の1カ月は、営業、技術、現場の人々にとにかく話を聞いて回りました。すると、過去に行き詰まって捨てられているものが意外にたくさんあることがわかりました。そして、その中のひとつを解決しようということに取り組んだのです。

三宅:どういうものですか?

八木:シート成形装置用の「メルトバンク モニタリングシステム」と言って、プラスチックの厚さを均一にするセンサーシステムです。このシート成形装置は、上から材料を流してそれを大きな2つのロールに挟んで薄く延ばすという成形をする機械なのですが、厚さを均一にしないと質の高い製品はできません。職人が経験と勘でやっていたのですが、それがとても大変だということで、何とか機械化でやろうと取り組んでいたわけです。しかしながら、センサーなどで見ながらいろいろ調節するような仕組みを入れようとするなどやっていたのですが、全然うまくいかない。そこで出した私のアイデアは、表面温度と樹脂のバンク(もり上がり)との関係から、バンク量が理論上計算できることを示したのです。それを使うとシステム画面を見ながら厚さを調整できるようになって、職人技がなくても均一なシートが生産できるようになりました。

三宅:面白いですね。どうやってこのような発想に至ったのでしょうか?

八木:いつも心掛けていることなのですが、まずはできるだけ物事を広くとらえるところから始めました。そのうえで、常識にとらわれない、人の後追いはしない、オリジナリティを出す、つまり、人とは違うもので、シンプルで、原理原則に従うとどうなるのかと考えていきました。職人技を代替しようと考えると、職人が見ている方向から(この場合は上から)ばかり見ることを考えた開発を検討してしまいがちなのですが、下から見ると、温度だけわかれば後は計算できてしまうのではないか、というのが発想の原点になったのです。

三宅:なるほど、逆転の発想ですね。ちなみにこのシステムは儲かりましたか?

八木:額は申し上げられませんが、たいへん儲かりました(笑)。このシステム自体は小さなものなのですが、これをセットにして装置を売ることにしたので、システムが欲しいお客様に装置がたくさん売れました。これが私の最初の成功体験になりました。このシステムはアメリカの学会でも発表しましたが、大変な反響でした。ちなみに学会では面白い発表だけ聞いて、あとは参加した日本人を集めて酒を飲んでいました(笑)。日本では競合でも、アメリカの学会に行けば日本人の仲間です。いろいろな話をして友達もできました。

不可能にも挑戦した営業時代

三宅:遊び心も大事ということですね。開発の次は36歳で営業に異動とのことですが。

八木:国内営業を経て、海外営業に回りました。ちょうど中国が伸びてきた頃で、他社は中国を攻略していました。うちの営業もそうすべきだという意見が多かったのですが、私は反対でした。そんなことをしても、必ず中国のメーカーが出てきます。汎用機で価格競争をして、結局、コピーされて終わる。それだと、将来はない。だから私は国内の特殊機をやろうと主張していました。1998年に韓国で通貨危機があり、日本のメーカーは韓国から撤退しました。でも私は今こそチャンスだと思いました。韓国は必ず伸びると思っていたので、われわれは韓国にネットワークがありませんでしたが、韓国のトップメーカーを攻めました。液晶テレビの原形のようなものが出てきた時代です。

三宅:撤退する他社とは、逆の方向に動いたのですね。

八木:最初は、上司が反対しました。でも儒教の国だから、今、仕事をしておけば必ず将来につながります。そして結果的に注文が取れて、実際そのとおりになりました。日本のメーカーが撤退して仕事がなくなった商社は、仕事がなくてうちに来ましたので、それまでにはなかった商社網も一気に構築できました。

三宅:なるほど、苦しいときに来てくれるとなれば、歓迎されますよね。

八木:それで、韓国のトップメーカーを攻略することができました。さらに日本国内では、光学用フィルムなど高機能フィルム業界の攻略に注力しました。今では、液晶テレビに使われているフィルムのほとんどには、東芝機械が何らかの形でかかわっています。この分野では圧倒的なトップシェアを占めていると思います。

三宅:八木さんの判断が正しかったわけですね。

八木:ただ、ハードルは高かったですよ。機械メーカーにとっての「儲けの方程式」は、リピートして同じものを売るということですが、本件の場合、特殊機であり、特に難しいチャレンジでした。周りの人から、不可能への挑戦だと言われた案件もあります。

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