「福知山線脱線事故」16年後の「経営効率と安全」 「民営化後最大の赤字」に苦しむJR西日本の現在

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こうした中、今月21日には、同社がグループ外の企業へ社員を出向させることを決め、200~300人募ることが報じられた。出向先はホテルや飲食店などで、ふだんから接客業務をしている駅員や乗務員も対象になる。賃金は受け入れ先企業が負担し、期間は最長2年だという。

「雇用を確保するための苦肉の策だ」と先の同社関係者は言い、背景に「鉄道会社に対する国の支援の薄さがある」と指摘する。

「雇用調整助成金は受けていますが、これは特に鉄道に限った支援策ではありません。公共交通事業なのに、航空会社と違って政府の直接的な支援がない。菅首相は自助を強調しますが、自助努力で乗り切れるレベルを超えている。

このままでは、国鉄民営化の際に7万6000人がJRに残れなかった事態の二の舞です。あの時もなりふり構わずさまざまな公共機関へ転職させ、希望退職を募り、その過程でいわゆる1047人問題(国労組合員ら1047人がJRに不採用となり、長期間の裁判闘争となった)も起こった。あんなことを繰り返してはならないんです」

福知山線事故の「教訓」は生きているか

こうした経営危機の中で迎えた4月25日、福知山線脱線事故から16年の命日。長谷川社長は冒頭の記者会見で、追悼慰霊式について「出席人数を絞り、感染対策を万全にして開催したい」と語っていたが、現場のある兵庫県や隣の大阪府に三度目の緊急事態宣言が発出されることになり、結局21日に中止を決めた。昨年に続いて2年連続である。

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事故で妻と妹を失い、次女が瀕死の重傷を負った──数のうえでは最大の被害者である──淺野弥三一氏は、「慰霊式もなくなり、事故当時の幹部も来ないようなので、私も現場へ行くのは控えます。残念です」と短くメールで私に伝えてきた。彼は事故命日にしか現場へ行かないのだ。

『軌道』は、この淺野氏が加害企業のJR西と対峙し、原因究明と組織変革、そして安全の確立を求める長い闘いを追ったノンフィクションである。その中で彼は「経営と安全はトレードオフではない」と繰り返し述べている。

「安全を追求することが、結果として経営効率を高める。そう考えるべきじゃないでしょうか。その二つを両立させることが鉄道事業者の使命であり、今後、経営幹部になっていく人の最大のテーマになるのではないでしょうか」

2014年の事故命日にJR西の社員たちに向けて語った言葉は、まさに今の状況を指しているようだ。コロナ禍で経営が危機にある今こそ、JR西が繰り返す「福知山線事故のような重大事故を二度と起こさない」「安全最優先の企業に生まれ変わる」という言葉が真実かどうか、組織の覚悟が問われている。

淺野氏ら遺族や専門家との対話を通じてJR西は、国鉄の赤字体質や激しい労使対立を背景とする民営化後の組織風土が事故の原因となったことを認めた。経営効率と利益の優先、ミスをした運転士への厳しい責任追及とペナルティ、何事も上意下達で物を言いにくい雰囲気、事故対策が対症療法的で予防の発想がなかったこと……。

そして、リスクアセスメントを導入・拡充し、ヒューマンエラーは非懲戒とし、外部組織による第三者評価を取り入れた。つまり、「事故は個人の気の緩みや意識の低さから起こる」という古い時代の精神論から脱却し、「組織事故」の考え方へ、組織的・構造的に事故を予防する対策へと大きく転換した。これは、技術者である淺野氏が一貫して主張してきたことの反映である。

JR西が今年3月、社員教育の教材としてまとめた冊子にも「組織全体で安全を確保する仕組み」「人は誰でもエラーする可能性がある」「個人の責任追及に重きを置いた従来の考え方を改める」「経営と安全は一体のものである」といった文言が盛り込まれ、強調されている。

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