昭和史研究の第一人者が語る「総理大臣の格」 有事の政治家は「石橋湛山」を範とせよ

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私はこの2点をとりあげただけでも、石橋は63人の首相の中では傑出した存在ではなかったかと考えている。石橋には、歴代首相の中でもその独自性ゆえに多くの事績があり、それを丹念に見つめていくのが、私たち次代の者の務めではないかと、私は考えている。

首相の格は任期にあらず

石橋がわずか65日の首相であったとはいえ、その50年近くに及ぶ近代日本のあり方を問うてきた言論人としての経歴を考えると、この65日は、昭和史の一角に正確に位置づけなければならないことに気がつくであろう。私は、「最短の在任、最大の業績」と思っている。

歴代首相の中で、石橋と対峙する言い伝えは「最長の在任、最小の事績」と言えようか。首相というポストには、石橋のように政治家になる前の言論人時代の信念がそのまま刻まれたケースと、政治家になる前の信念が屈折した形で刻まれているケースがある。

そこに石橋と岸信介の違いがあるということになろう。さらに最長の首相がさしたる事績を残さなかったとするならば、そこには首相の格の違いが浮きぼりになるだけではないだろうか。

日本には日本独自の民主主義体制が育つ可能性があり、国際社会でも独自の道を模索する機会はあった。石橋の敷こうとしたそうした路線とは、まったく逆の方向で、現実の歴史は動いたのである。3年後の岸内閣による「60年安保改定」時のこの国の混乱の姿は石橋路線の否定でもあった。日本社会が目指すまっとうなリベラリズムは、その後政治の軌道には乗らなかったことを私たちは忘れるべきではない。

石橋は、首相という存在は日頃から思想や哲学を明確にしておくことの重要性を教えた。首相が何を目指し、どのような方向に、この国を率いていくのか、そのことを国民は知る権利がある。それは首相を目指す政治家が日頃から信念を発信する姿勢を持たなければならないということだ。石橋を範とせよ、と強調しておきたいのである。

保阪 正康 ノンフィクション作家

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ほさか・まさやす / Masayasu Hosaka

昭和史の実証的研究を志し、延べ4000人もの関係者を取材してその肉声を記録してきたノンフィクション作家。1939年、札幌市生まれ。同志社大学文学部卒業。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。個人誌『昭和史講座』を中心とする一連の研究で第52回菊池寛賞を受賞。『ナショナリズムの昭和』(幻戯書房)で第30回和辻哲郎文化賞を受賞。『昭和史 七つの謎』(講談社文庫)、『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)、『東條英機と天皇の時代(上下)』(ちくま文庫)、『昭和陸軍の研究(上下)』(朝日選書)、『昭和の怪物 七つの謎』『近現代史からの警告』(共に講談社現代新書) ほか著書多数。

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