リクルートを創った天才「偉業」の影に見た脆さ カリスマ江副浩正いなくても組織が自走する訳

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そこで江副は満面の笑みを浮かべ、「先生! おっしゃるとおり。さすが経営者ですねえ!」と叫ぶのだそうだ。こんなことをいわれたら、社員だって悪い気はしない。だから、そこで「じゃあそれ、君がやってよ」とたたみかける。

結果、社長の前に意見を開陳してしまった社員は、引っ込みがつかなくなる。そして結果的にはそれが「自分にしかできない」「自分がやるべきだ」というような自主性へとつながっていく。つまり、不平不満ばかりの「評論家」だった社員を「当事者」に変えてしまうわけだ。

このような、「社長(リーダー)が社員(参加者)のモチベーションを高めることがリーダーシップである」という科学的で合理的な企業風土こそが、リクルートの社風になっていったということだ。

余談ながらこのことに関連し、思い出したエピソードがある。学生時代、『フロムエー』という求人媒体の制作アルバイトの面接を受けたときのことだ。恥ずかしながら、そこでバイトをしようと思った当時の私には、「楽して稼げそうだから」という程度の気持ちしかなった。

そのためお互いの思いが合致せず、結果的には「採用は難しい」ということになったのだと思う。そこで頭を下げて帰ろうとしたところ、面接してくれた3人の編集者のうちのひとりが、「ところで、君から見てこの雑誌の問題点は? どこが気になる?」と問いかけてきたのだ。

突然のことだったし、主張できるほど大層な思いがあったわけでもないのだが、「それは、例えば……」と話し始めたと同時に、3人が驚くほど真剣な表情をして身を乗り出してきたのである。彼らが「小さな意見でも吸収して、少しでも媒体の質を高めたい」と感じていたのであろうことは、ノンポリで鈍感だった私にさえはっきりとわかった。

いま思えば、あの姿勢もまた、江副の作り上げた“リクルートイズム”だったのだ。

リクルートは号令なしに自走できる組織に

さて、話を戻そう。かくして江副は社員のモチベーションを高め、また“先の、その先”までを見据える先進性を発揮することによって、転職の『就職情報』のちの『ビーイング』、家探しの『住宅情報』、女性の転職情報『とらばーゆ』、海外旅行の『エイビーロード』、中古車探しの『カーセンサー』と領域を拡大し、それぞれを成功させた。

その結果、リクルートは号令なしに自走できる組織となり、出番がどんどん減っていった江副は、それ以前から大金を稼ぐことに成功していた不動産に傾倒していく。

次ページ金と利権に目がくらみ、理念を見失う
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