リクルートを創った天才「偉業」の影に見た脆さ カリスマ江副浩正いなくても組織が自走する訳

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不特定多数の人々に向けられたマス広告は、乱暴な表現を用いるなら「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の世界だ。しかし現実問題として、それではエンドユーザーの望みをかなえる可能性は低くなる。そこで、「情報を求めている消費者」と「情報を伝えたい企業」をマッチングさせる仕組みをつくり上げたわけだ。

具体的には、就職すべき企業を探す学生に必要な情報を提供する『リクルートブック』(現在の『リクナビ』)、家を探している人に向けた『住宅情報』(現在の『SUUMO』)、中古車情報を網羅した『カーセンサー』、海外旅行情報誌『エイビーロード』、女性の転職転職をサポートする『とらばーゆ』などがそれにあたる。

ここからもわかるように、江副は創業以来一貫して、日本社会にありがちな“前例”を一蹴し続けてきたのだ。故に「起業の天才」というわけで、当然ながら本書においてもその革新性に重きが置かれている。

もちろん、そこが重要な点であるのは間違いない。だが個人的には、むしろそれ以外の部分に強く引かれた。リクルート事件を契機に“悪人”というようなイメージがつき、最終的には東京駅構内で倒れ、76歳で世を去った江副の「人となり」を克明に綴ったアプローチにこそ説得力を感じたのだ。

「落ち度のないオールマイティーな人」だったのか

それは、「“天才”は、本当に“天才”だったのか?」という問いかけを残すことにもなった。天才ということばには「落ち度のないオールマイティーな人」というようなイメージがあるが、読み進めていくと、必ずしも江副がそういうタイプであったわけではないということがわかるからだ。

江副は東京大学在学中に、大学新聞の求人広告を取り扱う「東大新聞」を発案。卒業後はどこにも就職しないまま「大学新聞広告社」を立ち上げ、1962年(昭和37年)には“これまでにない媒体”である『企業への招待』をつくる。のちに『リクルートブック』となったこれが、現在の「リクナビ」の前身だ。

本書のなかには、同社の黎明期を描写した『素手でのし上がった男たち』(番町書房)内の文章が引用されている。これを書いた人物は、当時の同社でアルバイトとして働いていた、「知の巨人」こと立花隆だ。

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