日本人が200年前から「勤勉だった」という根拠

産業革命の頃、江戸時代の日本で起きたこと

1909年に825ドルで売られていたT型フォードは、1914年に440ドル、1922年には319ドルまで値下がりしました。これを2017年の物価に換算すると4662ドル、今の日本円でわずか約50万円です。13年間で60%も値下がりしたうえに、ベルトコンベア・システムのおかげで不良率も低下したのだから、買わないほうが損だったのです。

「勤勉」さで社会を発展させた日本

誤解がないよう付け加えると、1800年前後の江戸幕府(日本)や長江下流域(中国)では何の発展もなかったというわけではありません。当時の日本では菊や朝顔の新種が開発されていました。また、中国では余剰労働力を活用して綿花の栽培が行われており、経済全般にわたって「分業化」が盛んに進められていました。人びとの嗜好に合った新製品の開発や、個々の農家で生産されていた綿布を専業の農家で生産するようになったのは明らかな「進展」と言えるでしょう。

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違いは、この進展が「産業革命」(industrial revolution)ではなく「勤勉革命」(industrious revolution)の性質を持っているという点です。労働力を削減して機械への依存度を高めたのが産業革命だとすると、勤勉革命は安価な労働力を最大限に活用して、形だけでも経済を成長させるための戦略ともいえます。

代表的なのが19世紀の日本です。名古屋を中心とする濃尾(のうび)地方の例を挙げるなら、1660年頃の家畜数は1万7825頭、1810年頃の家畜数は8104頭と、実に55%も減少しています。これは、1670年代には馬や牛を使って耕作が行われていた一方で、1810年には家畜を利用した耕作がほとんど行われなくなったことを意味しています。

人口が増加し、1人当たりの人件費が下がるにつれて、家畜の代わりに人を使って耕作するようになった。つまり、高密度の長時間労働によって総生産量を増加させる方法で社会が発展したのです。

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