伝説の銀行マンが使った「人の心を掴む」必殺技 イトマン事件告発者・國重惇史の「人心掌握術」

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筆者:へー、そういうもんなんですか。

國重:そうだよ、そういう風情が大切なんだよ、雨に濡れた子犬みたいな風情が……。

國重は大蔵省銀行課に毎日、顔を出しては、上司からの圧力が大変だと、愚痴を零しては引き揚げていった。“雨に濡れた子犬”の風情を出すために、クリーニングから戻ったばかりのワイシャツは絶対に着ることはなく、わざと皺のよった、薄汚れた感のあるワイシャツを常に身につけていた。背広もすぐ皺になるような背広を着ていた。上等な背広を着ることはなかったという。

雨に濡れた子犬よろしく、大蔵省に顔を出しては、成果がなくがっくりと肩を落とし、大蔵省を後にする毎日を國重は送っていた。そんなある日、「失礼しました」と大蔵省銀行課の扉を閉めて廊下に出た國重の後を追ってくる者がいた。

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大蔵省銀行課の課員の1人だった。名前を阿部という。その阿部が國重を呼び止める。

阿部:あんた毎日大変だねー。

阿部はこう國重に声をかけ、國重を別室に招き入れた。

阿部:大変だね、毎日。あんた、うちの何が欲しいの?

國重の哀れな姿に阿部は同情したのだった。こうして始まった國重と阿部との関係は、阿部が亡くなるまで続いた。その後、國重の名を住友銀行はおろか、金融界全体に知らしめた最大の協力者が阿部だった。

「赤心」がノンキャリの心をつかんだ

國重が言うところの“赤心”を示すために、よれよれの背広、皺くちゃのワイシャツを身につけ、哀れな銀行員を演じて見せることを計算ずくと捉えるのか、それとも赤心を一生懸命に考えた結果の行動と取るのかは意見の分かれるところだろう。

國重はこの阿部を通じて多くのことを学んでいく。一般に東大を卒業したキャリア官僚こそ、権力を体現しているように思われるが、実際の実務、情報を握っているのは2年ごとの異動を繰り返すキャリア官僚ではなく、一切の事務処理などを担う異動のない“ベテランさん”と呼ばれるノンキャリア(通称ノンキャリ)の事務官たちだった。

國重はこうした事務官たちに狙いを定めて距離を縮めていく。そうした時に、よれよれの背広ながらも笑うと可愛げのある顔になる國重の童顔は、大きな武器となった。東大卒とは思えぬ腰の低さ、ざっくばらんさも事務官らの警戒心を解くには十分だった。

児玉 博 ジャーナリスト

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こだま ひろし / Hirosi Kodama

1959年生まれ。ジャーナリスト。大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。政界、官界、経済界に幅広い人脈を持ち、月刊「文藝春秋」や「日経ビジネス」などで発表するインサイドレポートにも定評がある。2016年、月刊「文藝春秋」に発表した「堤清二『最後の肉声』」で第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞。

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