この講師の話では、都立中高一貫と私立の受験では、取り組む勉強が違うという。すでに6年生クラスともなれば「理科と社会が追いつかない」というのが担当者の意見だった。となるとますます、都立に落ちたときのことが不安になる。その気持ちを正直に、通塾中の塾の塾長に話すと、なんとこれまでの担当者とはまったく違う答えが返ってきた。
「翔馬くんの場合、正直、私立の入試の方が向いていると思います」
適性検査型入試では答えだけでなく、答えを求めるプロセスにも重きが置かれる問題がある。だが、私立入試の場合、答えだけを書かせる学校も多くある。
翔馬くんは授業でも、「どうやったら簡単にこの答えを導き出せるかを教えてほしい」と聞くことが多いため、答えだけを書かせ、スピードを求められるような入試の学校のほうが「向いているのではないか」というのが、塾長の考えだった。
だが、今の塾では私立に向けての対策をすることは難しいと判断。6年生の5月、村田家は思い切って私立にも対応できる大手塾への転塾を決めた。
まさかの偏差値30台
“厳しい”と聞いていた言葉のとおり、転塾後の成績は散々なものだった。移籍後の模擬試験の結果はどの教科も目を疑う数字が並んだ。偏差値は38、成績順で決まるクラス分けではいちばん下のクラスとなった。
「こんなに厳しい道なのかと、正直驚きました」(慎吾さん)
しかし、本人は前向きだった。父親から「お前は私立の入試に向いている」と言われると、「自分でもそう思う」と、志望校選びを進んでするようになっていった。
覚悟していた“塾弁”も始まった。温子さんの両親が週に1度は手伝いに来てくれた。それまでも頼んでいたシルバー人材センターの人には、掃除に加えて塾弁用にご飯を炊いてもらうことも追加した。
おかずは朝お弁当に詰めて冷蔵庫で保存、午後6時半、帰宅した温子さんはシルバーさんが炊いてくれた炊きたてのご飯をお弁当に詰め、ダッシュで塾に届ける毎日だった。しかし、どうしても間に合わず、コンビニで買ったご飯を届けたことも。
「働いていると大変ですね」
同じ塾に通わせる専業主婦の母親が、ねぎらいのつもりでかけたであろう言葉も、かえって温子さんを憂鬱にさせた。「共働きだからって、不憫な思いはさせたくない」。できるかぎり、手作りのお弁当を届けるように頑張った。
厳しい夏の講習を乗り越えると、塾のクラスも上がりはじめた。そんな中、翔馬くんが志望校として提示してきたのが、今通う難関私立大学付属の中学だった。
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