韓国慰安婦判決は外交成果を全面否定している 日韓関係は危機的でも文在寅大統領は沈黙

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しかし、数十年をかけて日韓両国政府が作り上げてきた戦後補償の仕組みを、韓国司法は徴用工判決に続いて今回の慰安婦問題判決でも根底から否定した。地方裁判所の1人の裁判官の判断が日韓両国の関係に与える影響は計り知れないのである。

さすがに韓国外交部はまずいと思ったのか、報道官の名前で「裁判所の判断を尊重する」としつつも、同時に「政府は2015年12月の韓日政府間の慰安婦合意が両国政府の公式合意という点を想起する」というコメントを公表した。日韓合意は今も生きているということに言及することで、判決とは異なる見解を持っていることを強調しているのだろう。

しかし、行政府の意地を見せたのは外交部だけで、文在寅大統領も康京和外相も、判決に対して明確なコメントを示していない。元徴用工判決の際も、文大統領は判決に伴って生じる混乱への対応策を示すことなく今日に至っている。今回も沈黙を維持したまま任期を終えるつもりなのだろうか。

資産差し押さえなら日韓関係は崩壊

元慰安婦の人権を守り名誉が回復されることが重要なことは言うまでもない。そのために両国政府が可能な範囲で努力してきたことも事実である。両国政府は同時に、日韓の外交、政治、経済、文化の分野、さらには地域の安全保障などについて、国益を実現する義務を負っている。にもかかわらず司法の判断が全体を揺るがしかねない状況が生まれてきた。そうなると、最高権力者が司法の判断の効力に一定の制限をかけるなど何らかの行動をとることが不可欠であろう。

ところが韓国メディアではいま、文大統領の判断への期待ではなく、判決が日本の植民地支配の違法性、残虐性、不当性などを示す象徴として長期的に残るのではないかという見方が増えている。

主権免除を主張する日本政府が控訴しないため判決は確定するだろう。となると次のステップは、判決を執行するため原告が韓国内にある日本政府の資産を差し押さえ、売却する手続きになる。ところがウィーン条約は、外交使節の財産などの捜索、徴発、差し押さえまたは強制執行は免除されると規定している。

仮に日本政府の資産に対する差し押さえなどが行われると、日韓の外交関係は完全に崩壊してしまうだろう。しかし、ウィーン条約の制限を受けて原告が身動きが取れず、現金化ができなくなった場合でも、日本政府に賠償金の支払いを命じた判決は効力を失うことのないまま無傷で残る。そして日韓間で何か問題が起きるたびにこの判決が引き合いに出されるだろう。

結局、今の時点ではどう転んでも日韓両国が信頼を回復し、友好関係を前に進める道筋を描くことは困難な状況となってしまった。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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