「田舎嫌いだった男」が地元輪島愛に目覚めた訳 10代目塗師屋として29歳が目指す伝統工芸継承

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日本各地の伝統工芸同様、輪島塗も苦境に立たされているようです。国の重要無形文化財 輪島塗「ぐい吞」3種(写真:田谷漆器店)

職人の高齢化と減少、これに加わったコロナ禍で、日本各地の伝統工芸品とその技術は失われつつある。「2021年以降の先行きが見えない」(輪島漆器商工業協同組合の隅堅正事務局長)という輪島塗業界で、伝統工芸の継続を目指す29歳の塗師屋(ぬしや:輪島塗の企画から販売までを手がけるプロデューサー)の地道な挑戦を追った。

輪島塗で日常調理器具「料理ベラ」を開発

創業200年を誇る田谷漆器店の輪島塗展示コーナーに足を踏み入れると、そこには職人の使う下地ヘラを改造した「料理ベラ」数千本が、出荷のときを待ち整列していた。製品を開発したのは、祖父や父と共に働く田谷家10代目の塗師屋、田谷昂大さん(29)だ。

クラウドファンディングサービスで、職人の使うヘラを原形に、能登ヒバに漆塗りをほどこした漆器の「料理ベラ」を制作したところ9月〜10月までの1カ月間で購入総額は640万円、サポーター(購入者)は2000人を超え、予想を上回る売り上げを達成した。

輪島塗のお椀を手に説明する田谷家10代目の田谷昂大さん(写真:田谷漆器店)

「輪島塗をもっと身近に感じてほしい。調理器具なら日常生活で必ず使うだろう」(昂大さん)と開発。「伝統工芸と職人さんを応援したい」「天然素材の道具を探していた」——。サイトには漆器への興味と関心を裏付けるコメントが242件並んでいた。

輪島塗の生産額がピークに達した1991年、昂大さんは石川県輪島市に生まれた。祖父が職人兼塗師屋で父も塗師屋、祖母と母が会社の事務を手伝う田谷家では、食事中にも輪島塗の話題が飛びかったという。大人たちの話を横で聞いていた昂大少年だが、やがて自分もその会話の仲間入りをするとは想像していなかった。「中学を卒業するまで、輪島が嫌いだった」(昂大さん)からだ。

高校入学で親元を離れ、進学先には迷わず東京の大学を選んだ。けれども田舎を疎ましく感じる気持ちに、少しずつ変化が生まれる。

大学生になった昂大さんは新生活への準備のため、量販店でお椀を購入した。早速使ってみると、何かが違う。実家のお椀に口をつけたときの唇に吸い付くような漆(うるし)の感触や、汁物を冷まさず、熱を手に伝えない持ちやすさが、買ったものには備わっていないのだ。

今まで当たり前だと考えていた輪島塗の優れた機能性に、初めて気づいた瞬間だった。

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