「天声人語の書き写し」が読解力向上に不要な訳 これほど要約しづらい文章も珍しい

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この地球上で、幸福の量と不幸の量は、いったいどちらが多いのだろう。東京で開かれている世界報道写真展(8月10日まで)を見ると、「世界は不幸に満ちている」という思いに胸が痛む▼約8万点から選ばれた一瞬一瞬が現代を切り取っている。戦火、飢え、暗殺、逃げ惑う人々……。どれも昨年起きたことだ。パキスタンのブット元首相の暗殺現場を写した連作などは、そのむごさに、見つめつづけるのも難しい▼「不幸」にレンズを向けるカメラマンは、深く葛藤するという。「ハイエナみたいなもの」と自嘲したのは、戦場写真のロバート・キャパだった。日本のある若手はカンボジアで、負傷兵に「おれの写真をいくらで売るんだ」と怒鳴られた▼写真家の長倉洋海さんから以前、こんな話を聞いた。飢餓のアフリカで、衰弱した少年にカメラを向けたそうだ。少年は、あばら骨の浮き出た胸を見せまいと、何度も体をよじった。長倉さんはどうしてもシャッターを押すことができなかったという▼今年の大賞に選ばれたのは、アフガニスタンでの一枚だ。壕で休む1人の若い米兵をとらえた。土にまみれ、憔悴しきった目がうつろにレンズを見つめている。左手薬指の指輪のような光が、この若者の家族や故郷を、見る者に想像させる▼大義や名分が何であれ「殺し合うこと」の不毛を、この一枚は訴えてやまない。その思いをカメラマンに託すような、若い兵の表情も胸に迫る。写すという行為の奥深さと、伝えることの意味を語りかけるような、展示の空間である。(天声人語『朝日新聞』2008年6月23日)

天声人語は少し遊び心があり、ある種のエッセイであるので、論理的に書かれているわけではない。しかし、実はこれも「問題提起」「意見提示」「展開」「結論」の四部構成になっている。

この文章は初めの2つの段落が「問題提起」にあたる。「東京で開かれている世界報道写真展を見ると、『世界は不幸に満ちている』という思いに胸が痛む」とまとめられる。

第3段落から第5段落までが、「意見提示」にあたる。この部分は「確かに……。しかし……」となっており、第3・4段落の冒頭に「確かに」があり、第5段落から先が「しかし」と考えるとわかりやすい。つまり、「確かに、カメラマンは不幸にレンズを向けるために、葛藤する。被写体になる人物が怒ることもある。撮影を迷うこともある。しかし、今年の大賞も不幸な兵士の写真だった」とまとめられる。

第三部「展開」と第四部「結論」にあたるのが第6段落で、「『殺し合うこと』の不毛を、この一枚は訴えてやまない。写すという行為の奥深さと、伝えることの意味を語りかけるような、展示の空間である」とまとめられる。

論理がゆがみかけている

ただし、この文章には、下手な文章の特徴も含まれる。論理がゆがみかけている。だから読み取りづらくなっているのだ。

第3・4段落では、カメラマンが不幸にレンズを向けるために、葛藤するということを語る例を示している。ためらいながらもシャッターを押すエピソードを示せば例としてうまく前後とかみ合ったはずなのに、この文章では、「シャッターを押すことができなかった」という例を示してしまった。だから、読んでいる人は混乱してしまう。

かなりの人が、「前半で写真を撮ることで人を傷つけると書いていたのに、途中から、写真を撮るのが良いこととみなされてしまっている。矛盾しているではないか」と感じるわけだ。この記事をブログで公開した方もそのようにとらえているようだった。

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