スガノミクスでも絶対に「経済成長」は起きない そもそも「経済成長」って何のことなのだろうか

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2つ目は、改善である。これもトヨタを彷彿とさせるが、ほとんどの企業が実践していることだ。確実に消費者満足を高める、改善である。例えば、弁当についているしょうゆの袋がどこからでも楽に切れるようになったりすることだ。また、駅の切符を買う必要もなくなり、改札での混雑を大きく減らしたSuicaのような発明だ。

しかし、それで弁当屋もJRも目に見えて利益を拡大したわけではない。なぜなら、彼らは顧客満足度を高める改善をしただけで、顧客により高い価格を払わせようとしてはいないからである。これも企業利益も経済成長ももたらさないが、人々は幸せになり、日本社会は豊かになる。

1990年代末に、平成バブル崩壊で経済崩壊といわれた日本に来たアメリカの投資家は、日本が「焼け野原」か「貧民街の巣窟」にでもなっていると思ってやってきた者も少なくない。だが、あまりに豊かで人々が幸せであることに驚き「どこに経済危機があるんだ!」とつぶやいたのは有名なエピソードである。つまり、経済成長と人々の生活の豊かさは別なのである。

真の経済成長は「自給自足経済の進化」から

最後の3つ目は、私の主張であるが、「自給自足経済の進化」から生まれる。コロナショック後、バブルが最後に膨らみ崩壊した後に生まれる可能性のある、1つの理想的な社会や経済である。

世間の言葉で言えば、スローライフが近いかもしれない。だが、欧州の中世、いやそれよりもっと近いのは、日本の江戸時代、近世である。江戸時代、目に見えた経済成長はなかった。だが、人々の生活は豊かになった。

欧州の中世では、農業生産力は向上し、その余剰分は、領主や貴族、王が吸収してしまった。それでも経済には新しい、真の価値が生まれた。一方、江戸時代、町人は、生活を楽しむ術をあらゆる面で発達させた。歌舞伎も、多くの職人が生み出す工芸品も、多くは江戸時代に発達したものである。浮世絵は世界的に絶賛される芸術であるし、何よりも江戸は当時、世界でもっとも環境にやさしい社会だった。幕末に日本を訪れた欧米人が、日本の風景の美しさ、人々の表情の明るさに感動した話は、あまりに有名である。

しかし、このような経済の豊かさがGDPの増加で測られる経済成長として認識されるのは、明治維新後、市場経済における金銭取引が拡大してからだった。欧州もそうで、大航海時代が15世紀末に開幕し、流動化が起き、近代資本主義(あるいはバブルと呼んでもよい)が始まって、初めて経済成長が認識された。その結果、歴史家は誤って、中世を「暗黒の時代」と呼んでしまったのである。

近代資本主義の延長をひたすら続ける、あるいはその拡大を目指す限り、真の経済成長はやってこない。ましてや、景気拡大、労働人口や資本を増やすことで目指す経済成長戦略では、いかなる意味でも経済成長は起きないのである。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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