堀江貴文「親は子がやりたいことをやらせよ」 学校教育は今こそバージョンアップが必要だ
先生は「目上の大人が話しているときにあくびなどありえない!」という絶対的な禁止を、体罰という形で僕に叩きこんだつもりなのだ。このように、禁止を力づくで子どもに強制して、行動と思考の自由を奪っていくのは、コストの安い洗脳型の教育方法だ。そんなやり方が、日本の義務教育には何十年もまかり通っている。
洗脳型教育によって、偏差値至上主義のゆがんだシステムが生まれた。そのシステムのせいで、情報化社会のスピードに対応できない偏差値秀才・和製エリートが量産されてしまった。そして、僕みたいに突出した行動を取る人間を叩きまくる、内向きの日本の空気感を固定化させたのだ。
しかし、グローバリズムが進みスマホが普及したことで、教育の手段と選択肢は一気に多様化した。あくびしただけで無抵抗の子どもに暴行をはたらくような大人に、勉強を教わる必要はもはやどこにもない。
インターネットもスマホもない時代、学校へ行くしか勉強する手段のなかった僕らが「学ぶ」には、いったん義務教育を通過しなくてはいけなかった。でも、IT革命以降、教育現場で教えられることは、リアルの体験以外すべて、テクノロジーで代用できる。学校教育は、大幅なバージョンアップが加えられるべき時代に入っているのだ。
「教育改革」の響きに惑わされるな
2020年は教育改革の年と言われている。ニュースなどでたびたび報じられているけれど、文部科学省が掲げている、義務教育での新しい学習指導要綱は、微妙にズレているような印象が拭えない。プログラミング教育やら英語の教科化が盛りこまれているが、動画など優れた学習ツールがネットでいくらでも得られるのに、学校で学ぶ必要性は特にない気がする。改革をするというなら、まず子どもたちから没頭や自由な行動を奪うシステムをあらためるのが先だろう。
また、教育の指導スタイルは根幹から改められなければいけない。生徒によって、勉強の理解度や弱点にはバラつきがある。学習能力の多様な個性を、埋没させずにどう伸ばしていくか? という問いは、長年の課題だった。現場の人員を増やすには限界がある。そこで導入を試みられているのが、「AI教師」だ。
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