電車から「週刊誌広告」を排除した阪急の美意識 車両や運営施設に共通する「高級ブランド戦略」

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そして、この目論見は見事に成功する。デパートの上階には阪急直営の食堂も設けられ、「阪急電車に乗ってデパートを見て回り、食事をして帰る」という、“庶民の休日の楽しみ方”が生まれた。

大阪梅田駅に並ぶ電車。1年前まで駅名は「梅田駅」だった=2019年3月撮影(筆者撮影)

阪急が手掛けるこれらの事業は、共通して「高級感」というイメージを伴うことが多い。車両ひとつをとっても、どことなく高級感が漂うカラーであり、車内には木目調の壁や高級ソファのような手触りの座席が備わっている。しかもそれが、一部の特急車両だけではなく、通勤車両も含めた標準仕様となっている。

あるいは、とくに年配の人々にとって、阪急百貨店の包み紙はそれ自身がステータスとなることすらある。「阪急の包み紙ということは、阪急百貨店で買った商品であるから、良いものに違いない」というわけだ。前述のような休日の過ごし方も、少し前までは富裕層向けだったデパートに、多くの人々が足を運ぶ心理的なハードルを下げた。

受け継がれるブランド

阪急が最初に建設した宝塚線と箕面線は、当時はまだ人家がほとんどないエリアで、「田畑を縫うように走るミミズ電車」と揶揄された。

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だが、阪急の創業者である小林一三は、これを逆にチャンスととらえたのだ。「そこに町がなく、乗客がいないなら、自分たちで生み出せばよい」という考えのもと、理想的な住宅を建て、余暇を楽しむ娯楽施設をつくり、人々がワンランク上の生活を送る基盤を整えた。

つまり、阪急が持つ高級感は、阪急自身が強い信念のもと、守り育ててきたものである。「週刊誌の広告を掲出しない」という前述のポリシーも、阪急がそのイメージを維持し、利用者に理想の暮らしを提供するうえで必要不可欠だとして、受け継がれている。そしてそれが利用者をはじめ多くの人々に受け入れられた結果が、現在のブランド力だ。

「ブランド力」という観点で他の鉄道会社を見渡すと、各社の車両や事業にはそれぞれの経営方針、さらにはその後ろにある理念を見ることができる。たとえば、東京の洗足や田園調布で大規模な住宅開発を行い、そこに住む人々の移動手段として鉄道を建設した現在の東急電鉄は、小林を幹部として招聘した。「東の東急、西の阪急」と言われるように、そのブランドの築き方には似た点も多い。観光事業に強みを持つ西武や小田急、近鉄なども、それぞれの発展の経緯や理念の違いが、車両やサービスに大きく表れている。

鉄道やグループ会社を利用する際には、それらが持つブランド力やその源について、思いを馳せてみるのも楽しいかもしれない。

伊原 薫 鉄道ライター

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いはら かおる / Kaoru Ihara

大阪府生まれ。京都大学交通政策研究ユニット・都市交通政策技術者。大阪在住の鉄道ライターとして、鉄道雑誌やWebなどで幅広く執筆するほか、講演やテレビ出演・監修なども行う。

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