M&A仲介会社「承継で大活況」の知られざる実像 雇用や技術、地域経済を守る一方で不満の声も

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仲介会社の担当者が見境なく案件を持ってくるのは、M&Aの成約件数が社員の給与に反映されるからだ。そのため「数千万円という高い手数料をとるために、彼らの裁量で譲渡価格を調整しているように見えることもあった」と、先の松岡代表は言う。

「何のために事業承継するのか?」が重要

事業承継を進めていくことは必要だが、重要なのは「何のために事業承継をするのか?」という点だ。会社の売却後、残された従業員の雇用は守られるのか、取引先や地域経済は維持されるのか、といった視点が必要だ。

長年、中小企業を対象にしたM&Aコンサルティングを担ってきたオプティアス(本社・東京都中央区)の萩原直哉代表は「事業承継、M&Aには持続可能性(サステナビリティ)という視点が大事だと思うようになった」と言う。きっかけは約10年前、埼玉県秩父市の伝統工芸「秩父ちぢみ」で座布団カバーやのれん、寝具を加工していた山本織物化学整染の承継をサポートした経験だ。

秩父ちぢみは「寒中晒し」と呼ばれる真冬にしかできない加工法が用いられ、特殊な技術として伝承されてきていた。しかし、中国から安価な製品が流入したため、加工業者は次々に廃業。山本織物化学整染も、自己破産が不可避という状態に陥っていた。

秩父ちぢみ独特の技法(左)によって座布団(右)などが作られる(写真:秩父染色)

同社が自己破産すれば、取引をしてきた地元の中小零細企業も連鎖倒産し、伝統工芸も消滅する。萩原氏はダメ元で「社員で、事業をやりたいという方はいませんか」と声をかけた。すると数人が「自分でお金を出してでもやりたい」と名乗りをあげた。そこで萩原氏は、受け皿となる新会社「秩父染色」をつくり、会社から染色機一式を買い取る形で事業を承継するスキームを立案した。EBO(エンプロイー・バイアウト)という、従業員によるM&Aだ。

萩原氏の熱意に、秩父商工会議所もサポートに動いた。地元の金融機関を説得して新規融資が実現。足りない部分はオプティアス自ら出資した。M&Aは成功し、取引先も技法も守られた。「あのときの経験が、その後のオプティアスの方針を固めた。サステナビリティの視点がなければ、M&Aは単なる売り買いの話にしかならない」(萩原氏)。

もちろんM&Aは会社の“売り買い”の話だ。しかし2つの会社を単に合併、買収させればいいという話でもない。従業員の雇用、持っている技術、そして地域経済それぞれを守ってこその事業承継M&Aだからだ。

だが、「秩父染色」も今回のコロナ禍で苦境に陥った。マスクの生産で目下の窮状をしのいでいるが、承継後にどのような経営をしていくのか、新たな課題を突きつけられている。

『週刊東洋経済』9月12日号(9月7日発売)の特集は、「得する事業承継 M&A」です。
野中 大樹 東洋経済 記者

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のなか だいき / Daiki Nonaka

熊本県生まれ。週刊誌記者を経て2018年に東洋経済新報社入社。週刊東洋経済編集部。

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