アメリカのアジア政策が85年前を想起させる訳 いまなぜ「マクマリー・モーメント」が必要か

✎ 1〜 ✎ 17 ✎ 18 ✎ 19 ✎ 最新
拡大
縮小

ただし、「マクマリー・モーメント」を実現しようとする場合に、2つの条件がある。

第1に、戦前に日本が国際秩序を破壊して、孤立していった歴史を適切に認識することだ。すなわち、過去1世紀の歴史を適切に総括して、戦後外交における国際協調主義の歩みを再確認することが必要だ。平和国家となった日本が、自由主義や民主主義という価値を共有し、またリベラルな国際秩序を擁護することを前提として、戦後の歴代のアメリカ大統領は日米関係を発展させてきたのだ。

第2に、日本がアメリカの戦略的なパートナーとして、この地域の平和と安定のために積極的な役割を担う十分な能力があることが必須だ。ケナンが対日政策を転換しようとした1948年は、日本はまだ連合国の占領下にあり、また平和憲法の拘束により軍事的に積極的な役割を担える余地はきわめて小さかった。だが、半世紀以上の時を隔てて、日本を取り巻く国際環境、そして日本の国際的な地位も大きく変わった。

換言すれば、アメリカと価値を共有する民主主義国家である日本が、十分なパワーを持つことでこの地域の平和と安定のために貢献せねばならない。

日本独自のパワーを十分に持つことが必要だ

ただし、ここで「パワー」と言っても、米中と同水準の軍事力を備えることは不可能だ。むしろ、「シビリアン・パワー」としての日本のこれまでの行動が、この地位での信頼を築いてきたことも想起せねばならない。私はそのような、軍事力と「シビリアン・パワー」を組み合わせた日本独自のパワーを、「グローバル・シビリアン・パワー2.0」と位置づけた(船橋洋一編『ガラパゴス・クール』東洋経済新報社、2017年、第10章参照)。

現在の日本は、「自由で開かれたインド太平洋」構想を提示して、広域的なインド太平洋地域における平和と繁栄のために貢献する意思を示している。また、安倍政権は「積極的平和主義」を掲げ国際主義的な安全保障政策を志向して、この地域で従来よりも大きな役割を担う意思を示してきた。日本が、より自立的な戦略的なプレーヤーとして活動することができれば、日米同盟をより中核に位置付けて、この地域の平和と安定のためのよりいっそう大きな貢献が可能となるであろう。

アメリカは1世紀ほど前には、中国が民主主義国家として発展し価値を共有するパートナーとなり、米中両国を基礎とした地域秩序をつくろうと試みた。ポンペオ演説は、そのようなこれまでのアメリカの期待が裏切られたことを強く示唆した内容であった。もしも日本がアメリカの戦略的なパートナーとして、十分な信頼と必要な能力を示すことができるならば、日米協調を基軸とすることで、この地域における平和と安定を確立するという「マクマリー・モーメント」がいよいよ実現へと向かっていくのではないか。

(細谷雄一/アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹、慶應義塾大学法学部教授)

地経学ブリーフィング

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

『地経学ブリーフィング』は、国際文化会館(IHJ)とアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が統合して設立された「地経学研究所(IOG)」に所属する研究者を中心に、IOGで進める研究の成果を踏まえ、国家の地政学的目的を実現するための経済的側面に焦点を当てつつ、グローバルな動向や地経学的リスク、その背景にある技術や産業構造などを分析し、日本の国益と戦略に資する議論や見解を配信していきます。

2023年9月18日をもって、東洋経済オンラインにおける地経学ブリーフィングの連載は終了しました。これ以降の連載につきましては、10月3日以降、地経学研究所Webサイトに掲載されますので、そちらをご参照ください。
この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT