安倍首相はなぜ「世論」から逃げまくるのか 政治家に都合よく使われがちな世論の虚実

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つまり、世論という言葉は、単に世論調査の数字を意味するだけでなく、漠然とした世の中の空気や潮流、あるいは特定の社会的問題に対する特定の人たちの賛否、さらには身近な空間でのうわさや評判まで、実に幅広い意味で使われているのだ。

サンプリング方式の世論調査の確立に貢献した元統計数理研究所所長の林知己夫氏は次のように皮肉っぽく説明している。

「世論とは便利な言葉である。わかったようで本当のところは明確ではない。与党・野党の政治家は自分の意見を述べ、これが世論だと言い、私は世論に従うなどと堂々と述べる。本当に世論に従っているのなら、与党はもっと議席が伸びて安定政権になるだろうし、野党はとっくに第一党になってよさそうなのに、一向にその気配もない」

つまり、世論とは捉えどころがないゆえに、政治家は自分に都合よく使うことができる、利用価値がある言葉なのだ。

「声なき声」は世論なのか

またフランスの著名な社会学者であるピエール・ブルデュー氏は、世論調査そのものを否定的に捉えている。彼は「私の言いたかったことは世論などというものはないということ。世論はあると断定することで得をするような人々が、ともかく形を与えているだけだ。世論調査を行っている人やその結果を利用する人たちが認めているような意味での世論というのは存在しない」という有名な言葉を残している。

連日、国会が数十万人のデモ隊に囲まれた1960年の安保闘争は、衆議院で自民党が日米安保条約改定案を強行採決し、参議院での議決のないまま自然成立して終わった。この間、岸信介首相は首相官邸に閉じ込められ、身動きが取れない厳しい日々を過ごしていたが、「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りだ。私には声なき声が聞こえる」と語ったという。岸にとっては「声なき声」こそが世論だと言いたかったのであろう。

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