話術には、人間力のすべてが出る 田坂広志さん、新刊を語る

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優れたリーダーは「人格の切り替え」ができる

――ダボス会議で世界のトップリーダーを目の当たりにして、驚いたことや、印象に残ったことをお聞かせください。

  田坂:例えば、現在、世界最大の社会貢献財団の会長であるビル・ゲイツですが、最近のゲイツがダボス会議の壇上に立つとき、かつてのマイクロソフト時代の辣腕経営者の人格ではありません。全く違った社会貢献家としての人格で登壇します。この人格の切替えが見事です。そもそも、優れたリーダーは、「多重人格のマネジメント」ができます。例えば、優れた経営者は、若手社員の前では、「温かい父親」のような人格で接しますが、経営会議などで厳しい経営課題を論じるときは、全く違った「強力なリーダー」の人格が前に出てきます。そうした「人格の切り替え」ができることは、優れたリーダーの資質でもあるのですが、ダボス会議などの舞台でスピーチをするときも、「どの人格で話をするか」が一つの戦略になってきます。

 それから、元イギリス首相のトニー・ブレア。彼の話術は見事です。当意即妙、流麗・華麗という意味でも天下一品。しかし、ブレアの話術の真に優れているところは、実は、「聴衆に対して語る能力」だけではありません。実は、それ以上に「聴衆から聴く能力」が優れているのです。そもそも、聴衆は、黙って聴いているのではなく、「無言の声」を発している。その声に耳を傾け、その声に反応するから当意即妙の話術になる。すなわち、彼の話術の本質は、実は、「聴く力」なのですね。

 そして、元フランス大統領のニコラ・サルコジ。彼の「胆力」も見事でした。2008年のリーマン・ショックの後、2010年のダボス会議で、彼は、厳しい金融業批判を行いました。「世界の金融業は貪欲だ!世界の資本主義は変わらなければならない!」と。しかし会場にいる聴衆の大半は、資本主義の保守本流の人々。当然、冷めた雰囲気が会場を支配した。その瞬間、彼はどうしたか。サルコジはただ一言、「おや、拍手が少ないですな!」と語った。その瞬間、会場の聴衆は思わず拍手をした。彼は、まさに「胆力」の勝負に勝った。

しかし、当時のロシア大統領であったメドベージェフの場合は、逆に「位取り」の戦略で失敗した。ダボス会議の壇上でスピーチをするときは、位取りが重要。その国家首脳がどのような立場で語っているかを聴衆は見ているからです。そして、ダボス会議においては、G8国の首脳は、「一国のリーダー」として語ってはならない。「世界のリーダー」として語らなければならない。しかし、メドベージェフは、ロシア国内の政策を延々と話した。その「政策スポークスマン」のような話に、会場の多くの聴衆は席を立った。彼は「位取り」の戦略を誤って失敗した。

 そのメドベージェフと対照的だったのが、イギリス首相のデイヴィッド・キャメロン。彼はダボス会議における首相としてのデビュー戦で見事なパフォーマンスを示した。誰もが緊張する場面で、「意表を突く戦略」に出た。それは、「会場の聴衆と対話をする」という戦略です。彼は、自ら会場の聴衆を指名しながら、次々と質問を受け、当意即妙、明快に答えていった。このパフォーマンスによって、彼は「政策的な知識の広さと深さ」「瞬間的な判断能力」「当意即妙の話術」の三つが揃ったリーダーであることを聴衆に強く印象付けた。見事なデビュー戦でしたね。

 一方、「思想的リーダー」としての振る舞いに感心したのが、元中国首相の温家宝。「人民の宰相」「泣きの温家宝」と言われるほど人柄がよく、人情家。私もそう思っていたのですが、彼のスピーチの後の会場との質疑を聴いて、見直しました。会場からの、「中国は様々な改革を進めているが、将来の歴史家は、この改革をどう評価すると思うか?」という質問に対して、温家宝の答え方が見事。彼は、壇上の椅子に泰然と座ったまま、左手の人差し指を一本、上に向けて「現在の我々の改革に対する評価は、中国3000年の歴史、その歴史の中で下されるであろう……」と答えた。まさに役者でした。やはり、人柄や人情だけでは中国共産党の凄まじい権力闘争を勝ち抜くことはできない。必要なときには威厳ある思想的リーダーを演じられる力量を、彼は持っていた。

 元アメリカ大統領のビル・クリントンも素晴らしい。もともと彼のスピーチ力は歴代大統領の中でも群を抜いているのですが、加えて彼は見事なほどの「自然体」。だから聴衆の心を掴む。会場は不思議なほど共感の雰囲気に包まれる。

 逆に、情熱的なスピーチをするのが、元アメリカ副大統領のアル・ゴア。スピーチでは、地球温暖化に警鐘を鳴らし、「もう、我々に残されている時間は、長くはないのです!」と熱いメッセージを語る。しかし、実は、彼はその姿を冷静に演じている。それは役者と同じです。舞台の上で一人の人物になり切って、ある情感を表現する。同時に、その自分を醒めて見ている、もう一人の自分がいる。これは優れた役者に共通の姿ですが、優れたスピーカーもまた、演じる力が見事です。

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