アメリカで大統領選後に大混乱が起きるワケ トランプ氏は今から選挙に関して不穏な動き

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戦後、政権交代に懸念が広まったのは2回ほどある。

最初は1960年大統領選、民主党ジョン・F・ケネディ候補と共和党リチャード・ニクソン候補(後の大統領)の対決だ。ケネディ氏が僅差で勝利したイリノイ州とテキサス州において、ケネディ支持者による不正の疑いが選挙直後に浮上。イリノイ州では死んだはずの人が投票していた事実も後に発覚した。ニクソン支持者が不正を訴えていたにもかかわらず、ニクソン氏は選挙翌日午後、敗北を宣言した。

ニクソン氏はメディアに対し、「わが国は憲法危機の苦悩を経験するわけにはいかない」と語っている。仮にイリノイ州とテキサス州でニクソン氏が勝利していればニクソン氏が選挙人2人の差で大統領に8年早く就任していたこととなる。

また、記憶に新しいのは2000年大統領選における共和党ジョージ・W・ブッシュ候補と民主党アル・ゴア候補の対決であろう。激戦州フロリダでブッシュ氏がゴア氏を僅差(537票)で破ったが、パンチカード式投票用紙でゴア氏への投票が誤って他の候補に記録されていた疑惑が浮上し、ゴア氏は再集計を要請した。だが、共和党保守派が多数派を占めていた連邦最高裁がフロリダ州最高裁の判決を覆し、同州での手作業による票再集計を停止することとなった。連邦最高裁の判決を受け、ゴア候補は敗北を宣言。同州でゴア氏が勝利していれば、ゴア政権が発足していた。

試されるアメリカの民主主義

だが、ニクソン氏もゴア氏も憲法上は必ずしも敗北を受け入れる義務はなかった。両氏ともに国家の安定を優先し自らの意思で選挙に幕を閉じた。仮にトランプ大統領がニクソン氏やゴア氏と同じ境遇に置かれた場合、熱狂的なトランプ大統領支持者が不正選挙と訴える中、同様の判断ができるであろうか。

「投票が民主主義ではない。開票こそが民主主義だ」

英国の劇作家トム・ストッパード氏はこのように語っている。選挙当日から最終結果が判明するまで開票作業が長引けば長引くほど、日に日に全米各地で社会不安が拡大するだろう。トランプ大統領やロシアなど敵対国もそれを煽ることが予想される。11月大統領選は国家を分断した南北戦争以来160年ぶりに、民主国家アメリカの強度を試すこととなるかもしれない。

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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