老いた親から相続したい「お金以外」の重要資産 目に見えないところに大事なことがある

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和田医師によれば、根気よく耳を傾け、その話に関連したエピソードを聞いて、記憶の幅を広げるようにする必要があるそうです。

「なるほど。それで?」

「それは初耳だなぁ」

などと、これまで出力しなかった情報を引き出してあげることが大事だといいます。

回想は、認知機能の改善に役立つことが立証され、認知症のリハビリとしても取り入れられています。回想することで脳が活性化され、コミュニケーション力にも刺激を与えるからでしょう。また、よみがえった思い出が楽しいものであればあるほど、心理的な効果が高いとも言われています。

個人の語りで歴史は創られる

「こころの相続」は、人間の「生き方」を示唆するものが多いようです。小さな癖とかマナーなどの問題から日本特有の伝統まで、無意識に受け継いでいるものがたくさんあります。

無意識に受け継いでいるものは、記憶力が落ちても、あるいは言葉で伝えられなくても、相続されていくものではあるでしょう。しかし、相続をより一層、確実なものにするためには、やはり、何度も語り継いで、意識化することが大事です。

たとえば、死んだ父親が、お酒を飲むとき必ずうたってくれた歌があったとします。それを思い出して、その歌をうたうときの癖やしぐさを思い出せば、それがそのまま自分の癖やしぐさになっていることに気づくでしょう。

自分は、ずいぶんたくさんのものを受け継いだものだ、と思えるはずです。

周囲を見渡しても、「自分は親や周囲からたくさんのものを受け継いだ」とはっきり言う人はあまりいない。大抵の人は、

「自分は大したものをもらっていない」

「ほとんど何にも相続していなかった」

などと言います。

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しかし、じつは人は誰でも有形無形の形で、いろいろな相続をしているのです。さらに相続しようとさえ思えば、いくらでも相続すべきものが出てくるのです。自分の中でよく思い返してみると、

「そうか、これも、受け継いでいるなあ」

「ずいぶんたくさんあるな」

と、「生前贈与」をされた気分にひたることができるのではないでしょうか。

私は若い人たちや、まだ親が元気な人たちに心からすすめたいと思っています。親からいろんな話を聴いておこう。それが目に見えない「こころの相続」となるのですから。

個人の語りのない歴史書のなんと空虚で、偽りの多いことか。そのことを抜きにして歴史を語るのはナンセンスではないでしょうか。ああ、もっと父や母の若いころの話を聞いておけばよかった、と、改元の時代に改めてそう思うのです。

五木 寛之 作家
いつき ひろゆき / Hiroyuki Itsuki

1932年福岡県生まれ。戦後、北朝鮮より引き揚げ。1952年早稲田大学露文科入学。中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、1966年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、1967年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、1976年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。著書に『蓮如』『風の王国』『百寺巡礼』など多数。2002年、第50回菊池寛賞、2010年『親鸞』(上)(下)で第64回毎日出版文化賞特別賞を受賞。累計300万部超のベストセラー『大河の一滴』中国語版が好評発売中。近作に『五木寛之 セレクション』『人生のレシピ』シリーズなど。2022年より日本藝術院会員。

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