空気を読んで「空気を読まない」こと 読むべきか読まざるべきか

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そう考えると、上司にはペコペコし部下には傲慢というスタイルは、嫌悪の対象ではありますが、態度が上司と部下の間で異なるのは当たり前のことです。同性の前と異性の前でまるでキャラクターが異なる場合も、(基本的には)演じ分けているわけではなく、どちらも自然体の自分です。

人間の感情というものはそんな単純な二元論などでは判別できるわけではなく、同様に人間観もそんな単純なもので見切れないものだと思います。

そのうえで、空気を読む必然性が出てくる場合を想像してみます。われわれビジネスパーソンが空気を読むべきかどうか迷う場面は、何らかの意思決定の場で同調圧力がかかる場合が典型的です。

たとえば会議の場で結論がおおよそ決まりかけている場合に意見を求められるとき、あるいはもう会議が終わりそうで皆がもう次のスケジュールに頭が移り、手元の資料がまとめてそろえられているとき……。そういうときに、自分の頭に結論に対する違和感やクエスチョンマークが浮かんでいるとき……。なかなか、そのような場面で反論したり、議論を蒸し返したりできるものではありません。

それでいいのだと思います。無理をして「こいつは空気を読めない人」というレッテルを張らせる必要はありません。「空気が読めない人」というのは、「圧倒的に仕事ができる人」とセットで語られる場合には重宝されますが、そうでない場合には組織の中で生きづらくなるだけです。自己啓発本などでは、空気を読まないで主張することが美徳のように語られる場合が多いですが、その作者の成功体験の裏には、きっと圧倒的なパフォーマンスが内包されているわけで、それなしに空気を読まない行動を礼賛するのは、無責任なアドバイスだと思います。

あえて読まない場合は、改革者の心意気で臨む

そのうえで、絶対、読んではいけない空気というのも、存在します。代表的なのはコンプライアンスにかかわる部分です。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、全然、当たり前ではありません。日本企業の経営のコンプライアンスにかかわる不祥事で、経営者や役員の私利私欲に基づくものはほとんどないと思います。

何を言いたいかというと、誰も悪気があってコンプラ違反をしているわけではないということです。会社のためという組織的意思決定が、結果的に背任や談合や贈収賄や脱税につながります。そしてそういった内容は完全にブラックな行為に限らず、どちらかというとグレーな部分での判断に起こりえます。そういうときにこそ空気は絶対、読まない。そういうメリハリをつけた空気の読み方をするべきだと思います。

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