小金持ちはなぜ「お金」を"正しく"使えないのか 誰もが持つ「心の会計」との上手な付き合い方

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もっと言うと、わたしたち一人ひとりが、それぞれの財布の1ポンドに与える価値さえ、状況次第で変わっていく。今財布にある1ポンドと、さっき使った1ポンドは、心の中では別なものなのだ。

かつて、ノーベル経済学賞受賞者にしてベストセラーの著書もあるダニエル・カーネマン氏から、特にお気に入りだというある思考実験について話を聞いたことがある。それは次のようなものだった。

ある女性が160ドル払って、舞台のチケットを2枚手に入れた。ショーを楽しみにしていたのに、いざ劇場に到着してみると、チケットがない。空にしたバッグを逆さにして振ってみたり、ポケットというポケットを探ってみても、どこにもない。大金を無駄にしたと思うと気が遠くなりそうだが、楽しみにしていた当のショーはどうしよう? もう160ドル払ってチケットを買いなおそうか、それとも諦めて家に帰ろうか。

カーネマン氏が1980年代、ある集団を対象にこのシナリオで実験したところ、10人に9人が「チケットをなくしたのだから、女性は観劇を見合わせる」と答えたと言う。

だが、シナリオを少し変えたら、どうなるだろうか。

女性は、前売り券を買っていない。その代わりに現金で160ドルを用意して、当日券売り場でチケットを買うつもりだった。ところが、劇場に着いて財布を開けると、どういうわけか、お金がなくなっていたのだ。代わりにクレジットカードでチケットを買うだろうか。

このシナリオでは、先の質問に答えた参加者の半数以上が考えを変え、「女性はチケットを買う」と答えた。つまり、お金をなくしたのにチケットを買った、というわけだ。

人は誰にも「心の会計」がある

なぜ同じチケットに実質的に2重に払うのが、シナリオ2ではよくて、シナリオ1では駄目なのか。

行動理論「ナッジ」で有名な経済学者のリチャード・セイラー氏は、人にはそれぞれ自分の「心の会計」があると唱えた。つまり、心の中にお金の性格別・目的別に科目があって、お金が入るとそれぞれに配分する。

「小遣い」は「預金」とは別。「賭けで勝ったお金」は「給料」とは別。「大叔母さんがクリスマスカードに挟んで送ってくれた100ドル」は「ATMでさっきおろした200ドル」より大事。

こうした「心の会計」は、本物の銀行会計と違って、仕訳のルールが一律でない。正確に意識してお金を割り振るわけではないし、貸し越しにならないよう残高を監視するわけでもない。それどころか大抵の場合、人はそれをほとんど意識していない。それでも「心の会計」はお金の使い方に強く影響する。

セイラー氏の考えでは、チケット紛失をめぐる考え方の違いは次のように説明できる。

舞台のチケット代は「心の会計」の「娯楽」の勘定から引き出される。チケットをなくした後で同じ勘定から2重に支払うのは、無駄遣いが過ぎるような気がする。

だが、現金をなくした場合はそうならない。なくした現金は「心の会計」の「一般」に当たり、そこにはまだ残高がある。

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