緊急事態なのに通勤させられる人々が抱く危難 「生物的な限界」を織り込まない社会の弱点

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かつて日本はロジスティクス(兵站)と「人命」を軽視したために戦争に負けたことを忘れてはならない。評論家の山本七平は、第2次世界大戦における日本の敗因を詳しく分析した著作の中で、「バシー海峡」(台湾とフィリピンの間にある海峡)の悲劇に着目した。当時の日本は、制海権のない海に数千人の兵員を満載した「恐怖すべきボロ船」を何十隻と送り込み、推定10万人もの人々がアメリカ軍の魚雷などの犠牲になったのであった。「忘れられた戦没者」とされる彼らは今も暗い海の底に眠っている。

人が、まるでベルトコンベアに乗せられた荷物のように、順次に切れめなく船艙に積み込まれ、押し込まれてぎっしりと並べられていく。そうやって積み込んだ船に魚雷が一発あたれば、いまそこにいる全員が十五秒で死んでしまう――。この悲劇は、架空の物語でなく現実に大規模に続行され、最後の最後まで、ということは日本の船舶が実質的にゼロになるまで機械的につづけられ、ゼロになってはじめて終ったのであった。(山本七平『日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条』角川書店)

山本は、戦時中の日本の指導部について、「明確な意図などは、どこにも存在していなかった。ただ常に、相手に触発されてヒステリカルに反応するという『出たとこ勝負』をくりかえしているにすぎなかった」と述べた。

経済システムが「なし崩し的に」容認され続ける懸念

筆者が最も懸念するのは、未知のウイルスがどれだけ蔓延して猛威を振るっても、「生物的な限界」を度外視した経済システムが「なし崩し的に」容認され続けることだ。政府は事業停止に伴う「膨大な損失(補償)」という経済リスクを恐れ、「通勤のための外出」に付随する生命や健康へのリスクを企業の問題にしたがり、多くの企業はそのような悪夢が待ち受けていることにあまり現実感を持っていない。不気味なことに山本は、「バシー海峡の悲劇はまだ終わっておらず、従って今それを克服しておかなければ、将来、別の形で噴出して来るであろう」と予言している。

わたしたちの社会があくまで「生物的な限界」に基づいた形で、未知のウイルスとの戦いに臨まないという悪手を打つのであれば、まさにその「非現実的」な振る舞いゆえに破滅へと突き進みかねない。

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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