「相鉄線ウェブムービー」が大成功した深い理由 「役に立つ15秒のCM」よりなぜ響いたのか

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水野:もう1つは、ムービーの中から「告知情報」を徹底的に排除すること。要は「役に立つVTRにしない」ために、各所調整と交渉を続けました。情報ではなく、相鉄が伝えたい「世界観」をVTRにする。

相鉄線のブランディングでは、着手してからの5年間で、駅や車両からホームのベンチや自動販売機まで、丁寧なデザインを積み重ねて、ブランド力を着実に上げてきた自信がありました。

垢抜けないイメージだったはずの相鉄線が、「相鉄、なんか変わったね」「最近の相鉄、カッコイイね」と言われるくらいにはなっていたんですね。それに、都心直通の「情報」はニュースなどで必ず流れる。だから、直通のタイミングで発信するムービーは、ブランディングだけに集中すべきだと思ったんです。

結果、約3分半のVTRの中に出てくる文字情報は「100年の想いを乗せて」「相鉄は都心直通」の2行が入った1枚テロップだけです。都心直通を告知するムービーなのに、情報が異常に少ない(笑)。

山口:普通なら、〇駅まで乗り換えなしで行けるようになるとか、本来〇分だったところが〇分で着けるようになるとか、「役に立つ」情報をたくさん入れたくなる。

伝えたい情報は自然と広がっていく

水野:なのに、そういう情報が一切ない(笑)。

社長プレゼンで仮編集済みのムービーをお見せしたとき、その場はしばらく静まり返りました。「これがいいのかどうか、自分にはわからない」という状態ですよね。最終的には「これがいいんだよね? じゃあ、これでいきましょう」と言っていただきましたが、相鉄の皆さんは相当戸惑われたと思います。もともとは、情報量の多いテレビCMをつくろうと考えていらしたので。

でも、これが大反響で。公開と同時にSNSであっという間に話題になって、YouTubeの再生回数も瞬く間に100万回を超え、さらには300万回とぐんぐん伸び続けました。

『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

何より、観た人たちの感想が熱烈だったんですよね。「感動した」「泣けた」などに加えて、「相鉄やるじゃん」「相鉄が好きになった」「相鉄沿線に住みたくなった」など相鉄線に対するポジティブな反応がSNS上にだーっとあふれて。相鉄の皆さんは感激して、泣いている方もいらっしゃいました。

そうやって噂になると、「話題の相鉄のやつ、観てみたらすごくよかった」と口コミでさらに広がるんですよね。観た人の心に「刺さる」ものは、みんな自分からわざわざアクセスして、情報を取りにいってくれる。こちらから情報をバラ撒かなくても、伝えたい情報が自然と広がっていくんです。

しかも、あれだけ文字情報を削ったにもかかわらず、「相鉄が都心に直通する」という情報は、しっかり届いていました。「ちゃんと」観てくれたからだと思います。

(次回につづく)

水野 学 クリエイティブディレクター、クリエイティブコンサルタント、good design company代表

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みずの まなぶ / Mnabu Mizuno

1972年東京都生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。1998年、good design company設立。ブランドや商品の企画、グラフィック、パッケージ、内装、宣伝広告、長期的なブランド戦略までをトータルに手がける。主な仕事に相鉄グループ全体のクリエイティブディレクション及び車両、駅舎、制服等、熊本県「くまモン」、三井不動産,JR東日本
「JRE POINT」、中川政七商店、久原本家「茅乃舎」、黒木本店、Oisix、NTTドコモ「iD」、「THE」ほか。2012年-2016年度に慶応義塾大学SFCで特別招聘准教授を務める。The One Show金賞、CLIO Awards銀賞ほか国内外で受賞歴多数。著書に『センスは知識からはじまる』など。

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山口 周 独立研究者・著作者・パブリックスピーカー、ライプニッツ代表

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やまぐち しゅう / Shu Yamaguchi

1970年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発などに従事。中川政七商店社外取締役。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。

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