デパートやホテルといった商業施設はもちろん、一般のオフィスビルでも、入館時に額で測定できる測定器で検温が必要だ。体温がおおむね37.0度以上の場合はその場で止められる。
筆者の住んでいる大型マンションの受付には、誰でも使えるアルコール消毒液が置かれ、エレベーターボタンはセロハンで覆われている。このセロハンは約1時間ごとに清掃員が交換する。
自宅マンション以外でも、春節以降、セロハンで覆われていないエレベーターボタンを目にしたことがない。
ボタンの上から消毒液を噴射すればよいのでは、と思うが「それだとクレームが来る」とある清掃員は話す。金属製のボタンの継ぎ目までは消毒できないからだという。
キッズルームやジムが入った住人用のクラブハウスも、無期限で閉鎖。近所のスポーツジムを訪れたが「新規入会は一時的に停止している」と断られた。
共用部の大型ごみ箱にはカバーを付け、住人用シャトルバスも定期清掃。各住戸のトイレや浴室の排水口は「こまめに水を流すように」という張り紙――。
「そんな大げさな」と思った人もいるかもしれない。しかし香港に根強く残っているのは、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の恐怖と教訓だ。
42人の死者を出した「死のアパートメント」
SARSによる香港の死者数は、299人と公表されている。この死者のうち42人は、とある大規模集合アパートメントの住人だった。イギリスのBBCが2013年に報じた「10年を経ても香港に残るSARSの遺産(Sars legacy still felt in Hong Kong, 10 years on)」によると、この総住民数1万9000人、アーケードモールと複数の飲食店を有する大規模複合アパートメントでは329人がSARSに感染した。
しかも、感染者の大多数がこのアパートメントのE棟各階の7号室、8号室(縦に垂直の位置関係)に集中していたことから、香港政府当局はE棟住民に対して2003年3月31日に10日間の隔離命令を発令。調査の結果、各フロアを縦垂直方向に走る下水管の排水溝を移動したネズミやゴキブリ、気化した下水などがSARS集団感染の一因と考えられる、と結論づけた。
マンションの下水管は一般的にU字型に折れ曲がっており、U字部分に水が貯まることで、下水の蒸発による悪臭や虫などの他フロアへの侵入を防ぐ構造になっている。 しかしSARSで多数の死者を出したマンションでは、 バスルームの床を水洗いせず、モップ掛けしているケースが多かった。そのため、本来水が溜まっているはずの下水管のU字部分の水が空になってしまい、不幸にもそこからSARSが広がったのではないか、というのだ。コロナウイルスも 、SARS同様エアロゾル感染を引き起こす疑いが強い、とされている。
不動産コンサルタントで、さくら事務所会長の長嶋修氏は「排水のU字トラップに水を一定量貯めて、虫や臭気を防ぐ構造(封水)は日本でも同じ。日本では、賃貸仲介業者が、長く水を流さない空室マンションで悪臭が発生しないように、サランラップで排水口を塞いでいるケースがある。毎日水を流していれば問題ないが、2~3カ月水を流さない排水口がある場合には注意が必要だ」と話す。
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